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解剖学は古い学問で,すべてがわかってしまっており,新しさの加わることのない領域だと揶揄されることも少なくない.それにも関わらず教科書は改訂され,あるいは新しく書き下ろされ,世に受け入れられているのも事実である.この理由は,解剖の魅力は断片的な知識の集積ではなく,人体構造の“見方”にあるからである.“見方”は無限で,観察する人の個性が著しく反映するものであり,それゆえ数多くの解剖学書が書かれてきた.その中には歴史の中に埋もれたものも少なくないが,時代の変遷に関わらず,改訂を重ねながら永く多くの医学生に影響を与えてきたものもある.その1冊が『グラント解剖学図譜』である.最近,原書第11版を翻訳した日本語第5版が刊行された.
『グラント解剖学図譜』の凄さは,描写された図のはっとするような斬新さにある.それまで見たことがない,しかし見てみたいと思う部位を憎いほどうまく描き出したリアルな図が数多く挿入されている.それぞれの図の説明は,人体の構造を深く洞察した人でなければ,決して書くことができないような示唆に富んだものが多い.例えば,“縦隔の右側面は,いわば「青色の面」であり,奇静脈弓や上大静脈といった太い静脈がみられる”という説明を最初に読んだ時,「青色の面」という表現に,電撃に打たれる思いがした.この図譜を描いたGrant JCBは,その前に“Grant's Method of Anatomy”という,読めば知らず微笑んでしまうような極めて面白い,しかしアカデミックな解剖書を書いている.グラントの人柄を同僚らは,“物静かな機知と限りない人間愛”と表現しているが,彼の人柄が滲んだこの本が土台となり図譜は作られた.当然その中には機知と人間愛がここかしこに溢れている.これが『グラント解剖学図譜』の個性であり,永く受け入れられてきた理由であろう.
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