Japanese
English
綜説
平衡感覚批判
A critique of the sense of equilibrium
福田 精
1
Sei Fukuda
1
1岐阜県立医大
1Otorhinolaryngology Gifu medical School Gifu Japan
pp.129-141
発行日 1956年1月15日
Published Date 1956/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1431901486
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平衡感覚という言葉
平衡感覚,この言葉の意味,定義を先ず検討したい。従来この言葉は全く何気なく一般に使用されている。しかし勿論五感以外の感覚で,判きりした感覚内容をもつ五感より外に位することを先づ注意したい。次ぎに平衡と云う言葉も吟味されねばならない。嗅覚,聴覚,視覚等五感の感覚内容は誠に明白である。しかし平衡とは感覚として如何なる内容を指すのか,考えてみても一向判然としない。平衡とは釣り合いのとれたこと,起立位に就て云えば釣り合いがとれて立つてることである。即ち指摘したいことは釣り合いがとれたと云う結果を意味することである。感覚と反射と云う一般生理学の常識から申せば平衡とは感覚内容とは成りがたく,平衡とは反射に属し,反射によつて生じた綜合結果である。故に平衡感覚の代りに平衡反射なる言葉を用いれば最も適切であろう。何故ならば,平衡がとれた状態,即ち釣り合つた状態を感じることそれを平衡感覚の内容とすれば反射を起す要はサラサラない。しかしこの平衡感覚は又迷路感覚とも呼ばれ,前庭迷路に密切に結びつけられていて,迷路反射を起させる一感覚として考へられ,反射とは切つても切れぬ関係を有する。故に平衡維持のため迷路反射を起す迷路受容器,これから生ずる感覚を設定し,平衡感覚と呼ぶに到つたと私は老える。平衡がとれた釣り合つた状態を感じてみても,更に反射を起す要はない。反射を起し釣り合わせるのは,それは平衡が破綻した場合である。
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