とびら
愛情ある批判
志田 京一郎
1
1読売新聞社婦人部
pp.1
発行日 1962年11月1日
Published Date 1962/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661911767
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“蝶の舌ぜんまいに似る暑さかな”これはいまから35年前の夏,正確にいうと昭和2年7月24日に自殺した芥川竜之介の句ですが,ジリジリと焼けつくような真夏の炎天下を描写したまことに才人としての彼らしい句です。当時彼に傾到していた多くの文学青年たちは,彼の自殺が大きく報道されている新聞を前に暑い夏の日であるにもかかわらず,一瞬肌寒さを感じるほど強いショックを受けたに違いありません。彼の死がなぜ多くの青年にショツを与えたのでしょうか。新理知派といわれた彼が,当時ホーハイとして起こって来たプロレタリア—文学に強い興味と畏怖を生じ,良心的になればなるほど時の生活環境ひいてはその思想とのギャップを意識して堪えられなかったのでしょう。それが彼の遺書の中に書かれている漢然とした不安となって,彼の弱い肉体をさいなみ,敗亡者的意識に追いこまれて死を選ばせたのでしょう。この芥川にしても,また若くして病死した啄木にしても,また戦後情死した大宰にしても,死後なお多くの若い愛読者をもっているということは,それらの作家が,それぞれ文学的立場は異なっていても,共通したもの—若い人々の共感を呼ぶ純粋さをもっているということでしょう。その純粋さえゆえに,人生の問題に深く悩み,そして血みどろな闘いつづけてゆく,そうした悲壮な美しさに多くの青年が打たれるのだと思います。
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