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医学史のなかの慢性疾患
慢性疾患が現代の医療の直面する中心的な課題のひとつとなって久しい。「EUの死者全体のおよそ86%を占めるⅰ」のが慢性疾患による死者であるとして、対策の必要性を訴える欧州委員会は、2014年4月に慢性疾患に関する初の首脳会議をブリュッセルで開催した。アメリカでは全人口のおよそ50%に当たる1億2,500万人が、なんらかの慢性疾患を患っていると言われるⅱ。高齢化が進めば、どこの国でもその割合は増え続けるだろう。いずこでも直ちに問題にされるのは、それに伴う保険医療費の高騰であるが、慢性疾患が突き付ける問題とは、そのような経済問題ばかりに還元されるものではない。時として患者のアイデンティティを構成する要素になり、周囲の無理解や偏見によって患者の体だけでなく心にまで痛みを与えることもある慢性疾患と向き合うためには、「治療」もまた形を変える必要があるだろう。慢性疾患への着目は、これまで患部にばかり着目してきた医療が、社会的な側面も含めて患者と包括的に向き合おうとする新たな態度の表れである。
しかしながら、医学史的な観点から、慢性疾患をより広い時間的なスパンのなかに位置付けてみると、そこには単なる医療の進化とは別の側面が浮かび上がってくる。今日的な問題として位置付けられているとはいえ、慢性疾患という概念自体は、古くから医学の歴史のなかに存在するものであったことは言うまでもない。病気を慢性と急性とに区別することは、疾病分類学の出発点のひとつであった。この区別自体はヒポクラテスにも見いだされると言われるが、そこにより根本的な意義を見いだしたのは、ラオディケアのテミソンによって紀元前一世紀ごろにローマで創始された方法学派であるとされる。テミソン自身は急性疾患をより重視していたようだが、同学派のカエリウス・アウレリアヌス(五世紀)は、慢性疾患にも同様の重要性を認めていたとも指摘される。
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