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胎児の甲状腺が形成されホルモン分泌が始まるのは、妊娠8〜10週で、妊娠初期から出産直前まで、胎児の成長には母親由来のサイロキシン(T4)が重要です。妊娠中のT4需要は約30〜50%増加します。1999年の海外報告で、妊娠中の母親が潜在性甲状腺機能低下症(Free T4は正常域、TSH のみ軽度高値)であると、小児期の精神発達に悪影響が見られたと発表されました1)。さらに流産率や妊娠合併症についても解析が行われた結果、妊娠中や計画妊娠を目指す女性では、Free T4が正常域でもTSH(甲状腺刺激ホルモン) 2.5μU/mL以上であれば、直ちにチラーヂンS®(L-T4)補充開始が推奨されています2)。また、橋本病(抗Tg抗体、抗TPO抗体のいずれか陽性)は、若年女性でも5〜10%程度と比較的高頻度の疾患であり、妊娠経過中に潜在性甲状腺機能低下症をきたす可能性があります。L-T4補充療法中や橋本病の妊婦は、1〜2カ月ごとに甲状腺機能検査を行い、TSH 2.5μU/mL未満を目安に、補充量を調節します。出産後は妊娠前の状況に準じますが、出産後3カ月頃に無痛性甲状腺炎を発症することがあります。
次に、妊娠中の甲状腺中毒症(甲状腺機能亢進症)は母児双方に有害であり、可能な限り甲状腺機能を正常に保つことが求められます。バセドウ病と他疾患との鑑別が重要で、バセドウ病の診断にはTRAb陽性、超音波検査での甲状腺内の血流増加所見が有用です。バセドウ病の治療に用いる抗甲状腺薬には、MMI(メルカゾール®)とPTU(プロパジール®、チウラジール®)があります。MMIが有効性と安全性から第1選択であり、一方、PTUは重症肝障害やANCA(anti-neutrophil cytoplasmic antibody)関連血管炎など重篤な副作用が多いことから、長期大量投与は控え、限定使用にとどめたほうが無難です。ところが、妊娠初期にMMIを内服した母親から、先天奇形が相対的に多いことが本邦の疫学調査で確認されました3)。妊娠5〜9週は臍帯や消化管系の奇形が多く、妊娠10〜15週には軽症ではありますが、頭皮欠損症が報告されています4)。そのため、妊娠5〜9週(可能なら〜15週)の器官形成期は、MMI内服を避けるよう工夫し、必要であればPTUあるいはKI(ヨウ化カリウム丸®)への変更で対応します。MMI投与中の女性には妊娠判明時に速やかな休薬を指示し、早期受診を勧めます。必要な症例には予めKIを処方しておきます。
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