特集 こんな時は漢方でしょう!
【漢方コラム】
大塚敬節とウィリアム・オスラー
岡部 竜吾
1
1伊那市国保美和診療所
pp.210
発行日 2016年3月15日
Published Date 2016/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1429200484
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大塚敬節先生のエピソード
大塚敬節は,昭和時代を代表する漢方名医である.以下は,本誌の総論をご執筆いただいた松田邦夫先生からお聞きした話である.下記の文献にも記載されている.
松田先生は大塚敬節先生の臨床指導を受けられた.その大塚医院で使用する漢方煎じ薬の約束処方について,他の同門の先生方とお話をした際に,入門の年代が遅くなるにつれ,約束処方の数が減っていることがわかったそうだ.初めの頃60あった約束処方数は,大塚先生が晩年になるにつれ48,36と少なくなっていったようである.洒落っ気の多かった大塚先生は,36処方のうちの7番は七物降下湯,10番は十味排毒湯,18番は先生の「おはこ」の葛根湯としていた.それらから推察すると,「還暦」をきっかけに約束処方を60処方にされ,48はさらに減らそうとして「相撲の四十八手」からとったのではなかろうか? では36処方は? おそらくこれだけの処方を用意して,それでも治らなければ,「36計逃げるにしかず」ということではなかろうか?(松田邦夫:杏林閑話.漢方研究395 : 29, 2004). とは言うものの,実のところは,晩年には少ない数の処方でより多くの患者さんを治療する自信があったのであろう.
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