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隠された能力
多くの人がそうであるように,筆者自身も認知症は病気の進行とともに認知機能が低下し,「できないこと」が増える一方であると思っていた。そのような中で出会った患者さんの1人がPCA(posterior cortical atrophy)のAさんである。PCAとは緩徐進行性に大脳後方の機能低下が進む病態であり,Aさんは症状が進み,当時は盲のような状態であった1)。そのため一般的な神経心理検査ができない状態であった。しかし,Aさんの奥さんは家では卓球を楽しみ,自転車にも乗ることができると伝えてくれた。にわかには信じがたい話であったが,手元にあったボールをAさんに向かって投げてみると,それまでの見えない振る舞いから一転して,見事にキャッチしたのであった。自宅を訪問すると部屋の中を歩くこともおぼつかない状態にもかかわらず,庭先で自転車を操ることも可能であった。認知症が進行していても「できること」があると知り,実に驚きであった。そのような現象の神経メカニズムへの興味を抱くとともに,キャッチボールができることが本人や家族の喜びにつながっていたことがとても印象的であった。
このことを境にして,どれほど認知機能が低下していても,「できること」があるはずだと信じ,患者さんに会うたびに「できること」探しをするようになった。そのような中で出会ったのが前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)のBさんである。Bさんは前頭葉に著明な萎縮を認め,無言無動の状態で,手に触れれば把握反射がみられるほど症状が進んだ状態であり,神経心理検査による認知機能の評価は困難な状態であった。そのときに確かな根拠があった訳ではなかったが,試しにハサミと星型が印刷された紙を手渡したところ,把握反射は消失し,巧みにハサミを操って,完璧なまでに星型を切り抜くことができたのである2)。この場面に遭遇したことは大きな転機だったとのことで,Bさんの夫は,「なぜできないのだろうか」から「なにができるだろうか」に目を向けるようになったと述懐していた。
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