Japanese
English
連載 神経学を作った100冊(67)
ウェルニッケ『医師と学生のための脳疾患教科書』(1881-1883)
One Hundred Books which Built up Neurology (67)-Carl Wernicke: "Lehrbuch der Gehirnkrankheiten für Aerzte und Studirende" (1881-1883)
作田 学
1
Manabu Sakuta
1
1日本赤十字社医療センター神経内科
1Department of Neurology,Japanese Red Cross Medical Center
pp.862-863
発行日 2012年7月1日
Published Date 2012/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1416101254
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 参考文献 Reference
ウェルニッケ(Carl Wernicke;1848-1905,なおヴェルニッケが原音に近い)は1848年5月15日に旧ドイツ領(現在はポーランド領)であった上シレジアのタルノヴィッツに生まれた(Fig.1)。ブレスラウ大学で医学を学び,ノイマン(Heinrich Neumann;1814-1884)の助手になった。6カ月間ウイーンで勉学することを許可され,マイネルト(Theodor Hermann Meynert;1833-1892)のもとで学んだ。1年後にここでの研究は「失語症状群」として結実する1)。終生彼はマイネルトの恩を忘れることはなかったという2)。この書で初めて感覚性失語症の症例を提示したことが,彼の神経学への貢献の最初だった。その後,ベルリン大学のウェストファール(Carl Friedrich Otto Westphal;1833-1890)の助手になったが間もなく辞任し,1878~1885年までベルリンで開業した。この間に書き上げたのが『医師と学生のための脳疾患教科書』の3冊である3)。その後ブレスラウ大学の精神科の助教授として迎えられ,1890年に教授となった。彼は多くの神経学者を育てたが,1905年6月13日に交通事故で急死した。
この3冊からなる教科書は第1巻371頁,第2巻xxxv+251頁,第3巻253~572頁という変則的な頁付けになっている。本書を読んでいくと33歳という若さで,大脳の局所脳病理学を大成したことにも驚かされるが,彼の明晰な問題のとらえ方には感嘆するしかない。
Copyright © 2012, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.