Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
はじめに
――遺伝子工学の導入以前の単一ニューロン解析法
神経解剖学者にとって,1個のニューロンの形態を極めることは,神経情報処理の素子そのものを見極めることであり,神経系の理解において本質的な所見とされてきた。古くは130年以上も昔の1873年に,イタリア人のCamillo Golgiが「黒い染色」と称して発表した鍍銀法,いまではゴルジ染色法と呼ばれている手法を用いて,ニューロンは非常に発達した突起を持っていることを示して神経科学の発展に大きく寄与した。とはいえGolgiは,スペイン人のSantiago Ramón y Cajalが同じ手法を用いて唱えた「ニューロン説」には終始反対して,素晴らしい染色法の発見者にもかかわらず神経系の真実を見抜けなかったことは歴史の皮肉である。このゴルジ法は,その後も,ニューロンの特に樹状突起の隅々まで可視化できるという特性を利用して,Cajalの弟子のR. Lorente de Nóなどを筆頭に局所神経回路の解析に用いて長いこと使われた方法論であった。
さて,件のゴルジ法には以下に掲げるように大きな欠点があった。
1)軸索の染色が難しい。特に髄鞘を被った成熟した動物の軸索は染色されない。したがって,ゴルジ染色法を主な手段としていた神経解剖学の研究者は髄鞘形成以前の動物個体を用いることが多く,軸索の研究は結果として発達期の脳の研究になってしまう。
2)どのニューロンが染色されるかは,まったくランダムに決定される。ある特定のニューロン,特に研究対象となる脳部位において少数派となるニューロンはなかなか染色されないので,研究の効率が極端に落ちる。
以上から,ゴルジ染色法は単一ニューロンの完全な形態学的解析には不十分であった。ゴルジ法に続いて単一ニューロンの染色法として登場したのが,ガラス微小電極をニューロンに刺入した細胞内記録法,あるいはホールセルクランプ法を用いて細胞内染色を行う方法である。この方法で,さまざまな単一ニューロンの形態学的な研究がなされてきたが,安定して結果を得るためには脳スライスによるin vitroの系として実験する必要があり,これではもちろん軸索の完全な再構成は望めない。In vivoで細胞内染色を行う試みも多くなされたが,記録と染色が不安定であり,完全な軸索の再構成を得ることができたと言える結果は少なかった。手法的にも高度の技量が要求され,多くの脳部位で行われるには至っていない。
こうした状況の中で,1990年代頃からようやく神経の形態学にも遺伝子工学が応用され始め,ウイルストレーサーを用いる単一ニューロンの解析が可能になった。以下では,主に筆者らが開発して利用した,ウイルスベクターによる単一ニューロンの標識法とその応用例を紹介する。
Abstract
Novel methods for Golgi-stain-like labeling of neurons have been developed by applying molecular biological techniques. Using replication-deficient adenovirus and Sindbis viral vectors expressing membrane-targeted green fluorescent protein (GFP),we visualized the neuronal processes of the infected neurons completely. Furthermore,when sufficiently diluted Sindbis virus solution was injected into the brain,the entire axonal arborization of infected neurons was recovered at a single cell level,giving new insights into neuronal networks. We have also developed the dendritic membrane-targeted GFP by using lentiviral vectors with a neuron-specific promoter. When the dendritic membrane-targeted GFP was applied to the transgenic animal production,the information input site,i.e.,the dendrites,of a specific neuron group was visualized perfectly. Since neuronal processes,axons and dendrites,are key structures of neuronal information processing,the molecular biological techniques introduced here are useful for the morphological analysis of neuronal networks and thus helpful for understanding the functional design of the nervous system.
Copyright © 2010, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.