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新薬開発の裏側を覗く
辻井 悟
1
1天理よろづ相談所病院糖尿病センター
pp.34
発行日 2008年1月15日
Published Date 2008/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1415100777
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新薬の発見・開発に力を注ぐ米国研究製薬工業協会(バイオテクノロジー企業を含む)の報告によれば,会員企業の2006年の新薬研究開発費が約5兆円と概算されています.1982年から2000年にかけて世界52カ国で平均寿命が2年間延びていて,その40%には新薬の登場が貢献しているそうです.各企業が莫大な費用をかけて10年に1剤出るかどうかの創薬にしのぎを削っています.開発することで数々の特許権が得られれば,上市後一定期間は市場を独占して手に入れた利益を再び開発に回すという,資本主義のサイクルを繰り返します.今,この特許権益を巡って法律改正の論議が米国の業界を揺り動かしています.改正点は特許を有する企業にとっては利益損失に傾く内容のようです.
確かに利益は生産活動の重要な動機には違いないと思いますが,企業の社会的責任はどこにあるのかと思わせる事件が起きました.糖尿病の分野で待ち焦がれていた吸入インスリンが突然宙に浮いた格好になったのです.欧米で製造販売していた会社が何の前触れもなく撤退を表明し,日本で行われていた治験も中断しました.有効性・安全性という問題点ではなく,一企業の財政的な理由・思惑誤算のために一方的な終焉という結末を決断したのです.前代未聞の事態ですが,恩恵を被るはずの患者や開発に心血注いだ研究者,資本投下した支援者の希望と期待を裏切る結果になったことは,今回の企業だけでなく将来の新薬開発に暗い影を投げかけそうです.
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