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Case
患者:47歳男性,Aさん.
Aさんはサラリーマン家庭に1人っ子として生まれ,何不自由なく育った.地元の進学校から国立大学工学部へと進み,さらに大学院で工学博士を取得,自動車メーカーにエンジニアとして就職した.入社以来,エンジンの不具合に関するトラブルシューティングを担当し,仕事ぶりも堅調であった.元来,人付き合いは苦手で,親しい友人もおらず,これまで結婚もしていない.会社近くのアパートに1人暮らし.これといった趣味はなく,部屋にこもってテレビゲームをするか,たまに近くの健康ランドに行く程度である.食事はコンビニ弁当や牛丼チェーンなどですませることが多い.
昨年,海外への生産拠点シフトに伴い,社内で大幅なリストラが行われ,販売店へ異動となった.Aさんは入社以来の技術者から,全く畑違いの営業マンとなった.先輩販売員が営業のノウハウを教え込んだが,接客の仕方や顧客ニーズをつかむ会話術などが苦手で,なかなか車は売れず,ついに1年経っても1台も売ることができなかった.
上司である販売店長はこれに立腹した.Aさんに,なぜ車が売れないか反省日記を毎日書かせたり,居残りで洗車や店舗清掃をさせたりした.さらには朝礼で,「入社以来,私の販売台数はゼロです」と皆の前で言わせたりもした.相談する同僚もおらず,トイレで嗚咽したり,食べた昼食を嘔吐する姿が目撃された.そのうちに自宅でも自分を叱責する上司の声が耳から離れなくなった.頭痛や不眠も訴え,会社の健康管理室へ相談した.
相談を受けた産業医は,市立病院の総合診療科を受診させたが,スクリーニング検査や頭部CTに「特記異常はない」との返事であった.次に産業医は精神疾患を疑い,Aさんを当科(大学精神科)へ紹介した.紹介状には,幻聴体験から統合失調症の可能性も否定できないとの見立てがあった.
診察すると,Aさんはややおどおどした様子で,顧客にどう話かけていいかわからないと言う.幻聴体験について質すと,夜間や休日も上司の叱責する顔が浮かぶとは言うものの,はっきりとした幻聴などの病的症状は特定できなかった.
心理検査では,認知能力のアンバランスさや,他者の気持ちを読み取る能力に難があることが示唆された.
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