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編集後記
大家 基嗣
pp.398
発行日 2018年4月20日
Published Date 2018/4/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1413206290
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2017年のノーベル文学賞は英国の作家カズオ・イシグロ氏が受賞されました.奇しくも彼の代表作である『わたしを離さないで』が綾瀬はるかさん主演でドラマ化された後でした.数々のメディアで取り上げられていたので記憶されている方も多いのではないかと思います.カズオ・イシグロ氏は長崎で生まれ,5歳のときに父親の仕事の関係で英国に移住しました.処女長編小説『遠い山なみの光』(ハヤカワ文庫,小野寺健訳)は生誕の地,長崎が舞台です.この小説を書いた時点で,彼は日本を再訪したことがなく,想像で書かれたとされています.
小説の語り手である悦子は,現在英国に住んでいます.日本人の前夫との間に生まれた娘を亡くしたことをきっかけに,長崎に住んでいたある夏の日々を思い返します.戦後間もない長崎で,シングルマザーの友人佐知子とその娘との交流の記憶は,2人との会話を中心に展開していくのですが,リアリティが半端でないのに驚きました.私が幼い頃に母親から聞かされていた戦後の暮らしぶりとかみ合うからです.家屋の質感,質素な食事,近隣の人々との深くて強い関係性などが過不足なく表現されています.私の母親は,時代が貧しく,日々をどう暮らすかに追われていたこと,奈良にはアメリカ人の集団住宅があり,跡地はドリームランドという遊園地になったこと,友人がアメリカ人と結婚してハワイに移住したことなどを彼女の視点で私に語っていました.そこには主観が入り,「何も海外に行かなくても」という考えでした.
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