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絵巻物をながめると,わが国の昔の人々のふだんの生活が想像されて興味が尽きない。なかでも鳥獣戯画のユーモアは,時代を越えて楽しませてくれる。わが国の絵巻物に類似した西洋絵画も沢山ある。最近,人気のでてきた米国のモーゼスあばあさんの米国人の市民生活の絵もその一つである。私がとりわけ好きなのは,オランダ出身の北方ルネサンスの画家,ピーター・ブリューゲル(1525〜1569年)である。フランドル地方すなわちベルギーのアントワープで絵を学び,のちブリュッセルに移り,ここで亡くなっている。ことわざや民衆の生活を好んで描き,聖書の物語を題材にした宗教画にすら,庶民が生き生きと描かれている。鋭い風刺や寓意が盛りこまれ,独特の画風をつくっている。美術の教科書にも「雪中の狩人」や「バベルの塔」がよく掲載されている。
学会が海外であると,国内の美術館には滅多に足を運ばない人でも,世界有数の美術館にはでかけることが多い。私もその一人で,ブリューゲルの絵は,ウィーン美術史美術館に沢山あり,たっぷり楽しむことができる。特に子供の遊びの絵がおもしろい。ブリューゲルの絵の一つに「子供の遊び」がある。巨大なサイズの絵の中に大勢の子供が勝手に遊んでいる。男の子168人,女の子78人が描かれている。輪まわし,竹馬,馬跳び,騎馬戦,さかだち,かごめかごめ,鬼さがし,などである。どれも,われわれが慣れ親しんだ遊びばかりである。なかには,何をしているのかわからない遊びもあり,ちょっと考えさせるところがまた楽しい。現在の子供の戸外での遊びは,シーソー,すべり台,ブランコなど,迷路反射を利用して,半規管や耳石に過大刺激を与えて生じる混乱を楽しむものが多い。本質的にはブリューゲルの絵と変わらない。フランスの哲学者カイオワは「めまい遊び」という哲学的概念を提唱し,遊びで日常性を破綻させることが人間の喜びの一つとしている。
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