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I.ケンプ・エコーの発見
1978年11月,アメリカ音響学会誌に英国のKemp DTの論文1)“Stimulated acoustic emissions from within the human auditory system”が掲載された。クリック音刺激に対し5〜10ms,遅れて,外耳道で記録できるエコー様音響反応があり,それが内耳に起因するというのである。当時,蝸牛は音響情報の単なる機械・電気変換器であると信じられていたので,その話に聴覚生理学者や耳科医は耳を疑った。その2ヵ月程前,9月4日にInnsbruckで開かれた第15回IEBワークショップ。で,筆者はKempの発表を聴いたが,その時はさほどセンセーショナルなトピックスとはならなかった。しかし,疑いながらも追試を決意した研究者は多く,1年後にはロンドンで,シンポジウム“Non-linear and active inechanical Processes in the cochlea”が開催された。そこでは音響反応そのものについての発表はすでに8題に達していた。このシンポジウムはKempの研究室のあるThe Institute of Laryngology and Otologの地下の細長くて薄暗い講堂で行われ,蝸牛内機械系,音響反応,聴器生理に関して3日間,活発な,しかもマイクなしでの討論が行われた。
このシンポジウムにおいてKempの研究室からはAndersonらがサルを用いた動物実験の成績を発表した2)。聴器毒性をもつループ不利尿剤の一つであるエタクリン酸の静注により音響反応が可逆的に縮小するという結果の報告である。この実験成績は音響反応の内耳起因説を強く支持するものであり,Kempらはエコー様音響反応をevoked cochlear mechanical responseあるいは略してECMRと呼んだ。しかしこの反応の呼び方については,その後Kemp自身をはじめ多くの研究者達の発表にはemissionが,また論文ではstimuiatd (or evoked) otoacoustic emissiomが最もよく使われている。本邦ではstimulated otoacoustic emission(e-OAE)に対し誘発耳音響放射,後述のsponta—neous otoacoustic emissiom (s-OAE)に対しては自発耳音響放射という呼称が用いられている。
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