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Ⅰ はじめに
サイトメガロウイルスは免疫健常な宿主に感染した場合,無症候性または軽症の症状を呈するのみで,ほかのヘルペスウイルスと同様に初感染後宿主の体内に潜伏感染し,生涯宿主と共存するという特徴をもつ。いったん潜伏した後,再活性化する場合も多くは無症候性であり,典型的な例は妊婦や授乳中の母親における再活性化である。ウイルスは妊娠が進むにつれて産道に,そして分娩後は母乳の中に大量に排泄されるようになるが,母体にウイルス血症が起こることはなく,まったく無症候性である1)。サイトメガロウイルス感染(CMV infection)とは血液やそのほかの検体から体内にCMVが同定される状態を意味し,臓器障害など臨床症状を伴うCMV感染症(CMV disease)からは区別される。CMV感染はCMV感染症の前段階にあるが,CMV感染がすべてCMV感染症に移行するわけではない2)。CMV感染で問題となるのは胎内感染と,免疫不全に陥った患者における感染,再活性化である。
CMV胎内感染症は,先天性ウイルス感染症の中で,最も頻度が高く(全新生児の0.2~2.2%)といわれ,症候性感染児の死亡率は30%にも上り,神経学的異常が60%に認められる3)。先進国における先天性中枢神経系障害の原因としてダウン症候群に匹敵する大きな割合を占めている4)。わが国における発生頻度に関して,札幌医科大学のグループが25年間におよぶ1万人の調査を行った結果から全出生児300人に1人程度が胎内感染し,その1割強が症候性であったと報告している5)。出生時無症候であっても,一部が聴覚障害,精神発達遅滞などの障害を遅発性に引き起こすことが知られている。胎内感染は妊婦の初感染に続いて起こる可能性が高く,わが国での妊孕可能女性の抗体価が低下しており,胎内感染の増加が懸念されている6)。
一方,後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome:AIDS)などの免疫不全個体,移植レシピエント,癌化学療法や造血幹細胞移植時における免疫抑制剤の使用など,宿主の免疫が低下した際に潜伏感染状態から再活性化し,重篤な日和見感染症やさまざまな病態を引き起こす。先天性CMV感染症やCMVの再燃,再感染に対する治療としてガンシクロビルなどの抗ウイルス剤の投与,高力価ガンマグロブリンの投与などがあるが,CMV感染症を発症させないためにワクチンによる治療が期待されている。今までCMVに対する有効なワクチンがなく,CMV胎内感染症,移植医療におけるCMV感染症に対しての根本的な治療としてワクチンの開発が進められてきた。本稿ではサイトメガロウイルス感染症とサイトメガロウイルスワクチンに関して解説する。
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