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Ⅰ.はじめに
医療の高度化,医療に対する患者知識・意識の複雑化,多様化に伴い,リスクマネジメント(RM)の守備範囲は拡大し,発生した出来事の対処だけではなく,発生予防から発生時患者対応,患者説明や患者とのトラブル対応などいわゆるコンフリクトマネジネント(conflict management:CM)まで医療安全全般を推進して患者・医療従事者双方のメリットを追求するという幅広い意味をもつものになった。
RMを考える場合,その発生のメカニズムを理解することは非常に重要である。最終的に事例が発生するまでに行われる多くの行為には,それぞれに防護壁がありそれを乗り越えない限り事例は発生しない。何らかの理由によりそこに存在する穴や隙間(危険性)が重なり先を見通せるようになることでリスクが発生する(スイスチーズ理論)。医療現場においては,われわれが行っている医療手技すべてが,そもそも危険を有するもの(ペリル)であり,その行為を受ける相手先が,物ではなく,行動を予想できない人間であるということが重要である。そのような不安定状態に,いくつかの危険因子(ハザード)が加わり,結果(リスク)が生じる。このような医療現場でのリスク発生プロセスを十分に理解する必要がある。医療機関の規模により,ペリルである目的とする医療行為やハザードあるいはヒューマンファクターが多数化,複雑化し,生じるリスクやその対策にも規模による相違が生じるため,それらを理解した対策が望まれる。
CMに関しても患者権利意識の拡大,医療の限界の不認知など,医療者と被医療者の意識の隙間は拡がる一方である。Win-winを目ざした話し合いやconflictを発生しない方策の検討など,双方にとって多くの犠牲を払うような事態の発生予防や早期対策も重要課題である。
東京慈恵会医科大学附属病院では,1999年に安全管理指針を作成し,病院全体として積極的に医療安全に取り組む姿勢を強めている。本安全管理指針には,「附属病院は本学の建学の精神である『病気を診ずして病人を診よ』を基本理念として患者本位の医療を実践しているが,医療行為が複雑多岐となってきている現在,患者とのコミュニケーション不足による不信感の増大や医療過誤が疑われる事例の増加など,医療における安全確保が問題になっている。国民の生命を預かり健康回復・増進を使命とするわれわれ医療機関には,患者が安心して医療を受けられる環境を整え,提供することが求められ,当然医療を通じて加害することはあってはならない。それを回避するためには『人間は必ずミスを冒す』という事実を認識し,個人の知識・技術の向上に加え,安全が確保できるシステムの構築が必要である。当院に勤務するすべての教職員および委託・派遣職員に対して,より安全な医療の提供と患者満足度の向上を第一にした医療活動を再認識させ,安全に対する意識を育み,関係法令を遵守した改善・改革を推進していくことを安全管理の基本方針とする」と書かれている。ここに記されたように,医療安全は,旧来の『注意しよう』『誰が間違ったのか』『忘れないようにしよう』という個人責任を洗い出すヒューマンエラー対策ではなく,to err is humanという前提で,間違えが起こりにくいシステムの構築,発生時の検知手段の拡充と進展防止など,人間の特性に立脚したシステムエラー対策にシフトしている。
本稿では多くの専門診療部が存在し,多職種の職員が関与する大病院のRMの特徴と当院の医療安全への取り組みを紹介する。
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