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I.はじめに
自己免疫疾患は,様々な原因で正常な免疫機構を破壊し,自己抗体や自己反応性T細胞が高値を示し自己の生体に対し異常な反応を起こす病態が原因で引き起こされる。
よく知られている病気としては,全身性エリテマトーデスや橋本病などがある。前者は全身性の臓器を侵し,後者は限局した甲状腺のみ障害を及ぼす。自己免疫疾患の組織の選択性には興味深い点があるが,明確なる病態は明らかになっていない。われわれの領域においても,内耳のみに病変を惹起させる橋本病のような局所性の自己免疫疾患の存在が示唆されている。Lehnhardt1)は,一側の内耳が障害され,これを抗原として健側耳が障害され両側の難聴が発症したと報告している。このように,①病変側耳を抗原として健側耳が免疫学的機序にて内耳にのみ病変を起こす,②全身的な免疫疾患が基礎疾患としてなく,免疫学的検査を含む血液検査にて異常を示さない疾患を全身的自己免疫疾患の影響で発症したものと区別するため,局所性自己免疫性内耳炎と呼ぶことにする。McCabe2)は,変動する感音難聴を18例報告している。この難聴は,突発性難聴のように急激に発症せず,週あるいは月単位で徐々に進行し,cortisonやcyclophosphamideの治療によく反応するものと定義している。彼は,内耳の膜迷路を抗原とした自己免疫疾患であるとともに,角膜に病変を発症させるCogan症候群に移行する例もあったと述べ,この疾患をautoimmune sensorineural hearing loss(自己免疫性感音難聴)と呼んだ。Veldmanら3)は免疫複合体が病態に関与していると考え,immune complex mediated sensorineural hearing lossと命名し,Yooら4,5)はII型コラーゲンが内耳疾患の病態に深く関与していると考え,TypeIIcollagen induced autoimmune sensorineural hearing lossと記載している。また,神崎6)は厚生省調査研究班として免疫異常に関する難聴と称し,その診断基準をまとめている。この中でステロイド剤に反応する難聴と,自己免疫疾患または膠原病(慢性関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,再発性多発性軟骨炎など)が原疾患として存在し,免疫学的検査を含む血液検査(IgG,IgM,免疫複合体,クリオグロブリン,リウマトイド因子,抗核抗体など)で陽性あるいは異常値を示すということを診断基準として挙げている。確実例は全てを満たす必要があるが,疑い例は何個かの基準を満たせばよいと記載している。この基準は,全身の自己免疫疾患の1症状が耳に現れたと考えられ,本稿で述べる局所性自己免疫性内耳炎の定義とは異なるが,自己免疫性感音難聴の定義,名称も上述したごとく様々である。これは内耳が側頭骨に存在し,蝸牛はヒトにおいて直径が約9mm,高さは5mmぐらいであり,内耳全体でも約10×10×18mmの長方体に入る大きさであり,画像診断を含む諸検査であまり有用な情報をもたらさないため,その詳細な病態が不明なことに起因する。臨床的事実と前後するものもあるが,その病態をより明確にするために動物実験が行われてきた。Terayamaら7),Haradaら8),Harrisら9),Soliman10),Orozcoら11),Caoら12)が,モルモット,ウサギ,ウシ,ニワトリなどの内耳抗原を使用して内耳障害を発現させ,内耳障害の病態に自己免疫が関与している可能性について報告している。これらの報告では内耳のみが障害を受けたと考えられ,筆者が考える局所性自己免疫性内耳炎の存在を示唆している。厚生省調査研究班の免疫異常に関する急性高度難聴の診断基準では聴力改善にステロイド剤が有効であり,自己免疫疾患か膠原病が原疾患として存在し,免疫に関する検査が異常か陽性である場合,免疫異常が関与して発現した難聴と記載されている。この定義の疾患は比較的多く報告され,治療としてステロイド剤,免疫抑制剤(サイクロフォスファマイド),葉酸代謝拮抗剤(メトトレキセート)などが使用されている。特にステロイド剤は有効であることが多く,病態が不明でステロイド剤が有効な時,免疫反応が関与している難聴と考えることもしばしばある。
今回われわれは,片側性の突発性難聴,変動性難聴,メニエール病およびウイルス性内耳炎患者を長期にわたり観察することができた。これらの患者は,基礎疾患として膠原病,全身性エリテマトーデスや慢性関節リウマチなどの全身に影響を及ぼすような自己免疫疾患などがなく,経過観察中に免疫学的検査を含む血液検査や全身検査で異常を示さなかったが,これらの患者の中には時間を経過して健側耳が難聴になった症例があった。この発現機序に関して明確な事実はないが,前述した動物実験などの結果から考えると,片側の病変を発現した内耳が自己抗原となり,健側耳の難聴を引き起こしたと考えるのが妥当と考える(局所性自己免疫性内耳炎)。
そこで本稿では,長期に観察できた突発性難聴,変動性難聴,メニエール病およびウイルス性内耳炎における局所性自己免疫性内耳炎の発症までの期間,頻度,性差,治療,長期予後およびこの疾患の概念について述べたい。
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