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教育について考えるとき,私はよく,留学していた米国インディアナ大学小児眼科・斜視部門のことを思い出す。Helveston教授は多くの論文や教科書を書いており,その手術手技,アイディアの豊富さで有名な先生である。彼の指導を受けるために,全米のみならず各国から若い眼科医たちが集まってくる。私もそこで多くの知識や技術を学んだが,学んだことはそれだけではない。
ある日,私は彼の手術の助手についていた。鮮やかな手つきで,内直筋を露出し,縫合糸を通し,強膜を薄くすくって眼球に縫いつけていく。そして,その通した糸を結ぶとき,「あれ?」と思った。彼が教科書に書いているように,糸をロックさせながら結ぶ方法をしていないように見えたからである。私は自分の目を疑い,何かの間違いだろうと思って,もう一度反対の糸を結ぶときに眼をこらして見つめた。「やはり違う」。その後,2度3度と彼の手術についたが,やはり違う。彼は意識して縫合の仕方を変えているのだろうか,うっかり間違えているのだろうか。私はこの事実を親しいスタッフの1人に軽い気持ちで告げてみた。「Helveston教授は自分で教科書に書いているような糸の結び方をしていないと思う」。こんなことを知識も浅く,また,言葉もたどたどしい留学生からうち明けられたらどう思うだろう。「彼がそんなことをするはずはない」と全く相手にされないだろう,と思う私の気持ちと裏腹に彼は,即座にHelveston教授の部屋へ行き,彼に言った。「Mihoがあなたの糸結びは間違っていると言っている。ここでやって見せてください」。Helveston教授は,「えっ」と驚いたような顔をすると,机の上にあった紐を手に取り,私たちの目の前で糸結びをしてみせた。それはやはり間違っていたのだ。間違いを指摘されると彼は自分の書いた教科書を取り出し,それを見ながら,何回も何回も糸を結びなおした。そして最後に納得したように私に言った。「Thank you for tellingme」。
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