文庫の窓から
「視学一歩」
中泉 行史
1
,
中泉 行弘
1
,
斎藤 仁男
1
1研医会
pp.1716-1717
発行日 1999年9月15日
Published Date 1999/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410906519
- 有料閲覧
- 文献概要
文政6年(1823)に和蘭医官シーボルト(Phillipp Franz von Siebold,1796〜1866)が長崎に渡来し,語学のほかに博物学を伝えた。高野長英,戸塚静海,伊東玄朴,伊東圭介,岡研介,高良斎らがその門弟となり,医学の外に物理,化学,博物の諸科が大いに進展し,正に蘭学の全盛ともいうべき時代であった。このころ,洋方医家として大阪に開業し,稲村三伯(海上随鴎)に蘭学を学んでいたのが中環(丹後の人,名を環,字は環中,思々斎,天海と号す。1783〜1835)である。環中はひろく科学の翻訳書を繙き,当時,最新の知識を備えた先覚の学者の1人であった(「緒方洪庵と足守」)。
『視学一歩』については先輩諸先生のご研究によりよく知られているところであるが,筆者らの手許にある2,3の史料を調べたので紹介する。
Copyright © 1999, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.