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はじめに
眼科は「視覚」という高度に発達した感覚器を扱った診療科と位置づけることができる。眼球や視覚に関する身体科である。20世紀後半から劇的な進歩を遂げたヒトの大脳生理学は,脳への情報入力の90%近くが視覚からであることを明らかにした。
一方,自分自身が生きるのに精一杯で,国のセイフティネットはほとんど働かない後発開発途上国では,ある人が何らかの原因で失明すると1年以内に死亡する確率は80%以上だといわれる。
このことは,視覚が人の一生にきわめて重大な役割を担っていることの証左で,その視覚系に障害をきたしたり,視覚情報の一次的受容器である眼球や,その周辺に何らかの理由で不都合が生じたりすると,生活視機能(臨床で計測される視機能とは異なり,質的,時間的要素も含めた人の生活上で用いられる実践的視機能を意味する筆者の造語)は明らかに低下する。それは,視機能そのものの問題にとどまらず,2次的障害,すなわち失明恐怖,経済的不安はもとより,自尊心が踏みにじられ,生活意欲も低下するなど心的問題に結びつきやすい。
また,種々の精神的問題が非器質的,もしくは心因性などと形容される視覚障害や視器の頑固な不快感を惹き起こされることを臨床上で経験することも稀ではない。
人々の社会生活にこれほど本質的な意味をもつ視覚が障害され,あるいは障害に瀕した個人が,その状態に適応することは容易ではない。にもかかわらず,従来の眼科医療ではそこまで斟酌した対応は,ほとんどなされてこなかった。つまり,従来の眼科臨床においては,必要だとわかってはいても,実際には心身医学的対応が行われてこなかったと考えられる。
ただし,ロービジョンにおいては心理臨床の必要性が多少は語られてはきた1,2)。しかし,ロービジョンに限らず,視覚にかかわる広範囲の眼科臨床領域において,また,精神医学的な疾患やそこで使用される神経用薬の影響において,「視覚の心身医学」の照明を当てる必要性を筆者らは感じている。ここに,「心療眼科」を標榜し,あるいは「心療眼科研究会」を発足させ3),その重要性を語ろうとする動機づけがある。
そして,時代の要請や時代の変化も関連してか,こうした問題意識が次第に無視できない大きさになっており,心療眼科に関心を寄せる眼科医が増加していることは確かである。本稿は,筆者自身が行っている心療眼科の実際の外来を描写しながら,心療眼科の重要性,必需性を認識していただくことを目的として記述する。
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