私の經驗
春季加答兒に對する頸動脈毬摘出術
菅原 淳
pp.497
発行日 1950年11月15日
Published Date 1950/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410200725
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昭和23年6月9日農業に從事する23歳の男子,浜○保,自ら春季加答兒と称し,11年前即ち12歳の頃より毎年春より秋にかけて両眼の堪え難い掻痒感を覚え,極く少量の眼脂を來し,幾人もの眼科医を遍歴したが,最初は皆トラホームと云われ,加療中春季加答兒で仕方がないということになるを常とすると云い,秋より冬にかけて軽快したが,ただ昭和22年の1年間は自覚症状なく,終に治癒したと思つていたが,昭和23年4月上旬より再び両眼の掻痒感と少量の眼脂を來し,次第に増惡し殊に労働の激しい日の夕刻は堪え難く疼痛さえ覚えるという訴えで來院した.全身の既往歴を問うと,生來屡々下痢し4歳にして初めて歩行し始め,肉卵で容易に腹痛若しくは上腹部不快感を來すので之を食せないことにし,屡々蕁麻疹を生じ,また16歳の頃より冬に向うと軽度の咳と喀痰を來す如くなり,17歳及び20歳にして内科医を訪い,何れもレントゲン,血沈檢査に異常なくて喘息と診断せられたというのである.診ると,体格栄養極めて良好なる青年で,両上眼瞼結膜穹隆部に近く乳嘴肥大し僅かに肥厚溷濁あり,充血なく寧ろ乳白色の感あり飜轉したる瞼板前面中央部は穹隆部に向い強く陷凹し,他に認むべき所見なく,トラホームと診定するには肥厚溷濁に乏しく角膜所見全く欠き,春季加答兒と診定するには聊かの不安あり,依つて春季加答兒の疑の下に,試みに0.1%硝酸銀水,自宅にチンクホモスルフアミンの点眼を行つたところ矢張り増惡した.
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