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はじめに
妊婦には,すでに妊娠前より月経などの失血により著しく鉄貯蔵量の減少があつたり,妊娠中の胎児および胎盤の鉄に対する要求の増加のために,また妊娠中の栄養障害や,尿路感染などによる軽〜中等度の敗血症に基づく貧血があつたりして,かなりの頻度で貧血が見られる。非妊婦人においては血液ヘモグロビンの正常値は12〜15g/dlで,血液ヘマトクリット値は35〜45%とされ,ヘモグロビン12g/dl以下,ヘマトクリット35%以下を貧血の基準としているが,この基準によると妊婦の75%が貧血とされ,中11%は重篤な貧血を有すると考えられる1)。もちろん妊婦の貧血は妊婦の循環血液量の生理的増加に基づく「水血症」のためと考えられるものもあるが2),貧血を有する妊婦に分娩時出血,妊娠中毒症,子宮内胎児死亡,流早産などの妊娠分娩合併症が多いことや,娩出された新生児に先天異常や生活力薄弱,哺乳不全などが多いことや,さらにまた,妊婦自体の動悸,息ぎれなどの自覚症状からみても,その貧血は当然これを是正すべきものと考えられる。
妊娠性貧血には妊娠に直接関係する貧血として, 1)鉄欠乏性貧血 2)巨赤芽球性貧血(妊娠性悪性貧血) 3)再生不良性貧血があり,妊娠に直接関係しない貧血として, 1)溶血性貧血 2)鎌状赤血球性貧血などの稀有型貧血などがある1)。中でも上述のように,鉄貯蔵量の減少と鉄要求量の増加に基づく鉄欠乏性貧血が最も多く,全体の貧血の95%を占めるといわれる。したがつて,妊娠性貧血に対しては鉄剤の投与が最も有効とされるが,日常臨床上鉄剤の投与のみに反応せぬか,または反応がきわめて悪い症例も多い。このような場合,「血液のビタミン」といわれるビタミンB12の併用が当然と考えられるが,鉄の投与に反応せぬ場合,内因子欠乏も考えられ,ビタミンB12を経口的に投与した場合は,内因子の存在がなければビタミンB12の吸収が阻害され,この意味において妊娠性貧血に対するビタミンB12の無効説の出る由縁でもあつた。ところが最近ビタミンB12の500〜1,000μgの大量を経口的に投与すると,腸内濃度の勾配差でB12が腸管からたやすく吸収されることが発見され3),妊娠性貧血に対してもビタミンB12剤の治療効果が再検討される時期に達した。
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