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[1]はじめに
ヒト生殖補助医療(ART)において,余剰胚の凍結保存は重要な治療技術の1つであり,現在ではさまざまな凍結法が臨床的に用いられている.その理由としては,体外受精で得られた胚のうち,新鮮な胚を移植した後の余剰胚を凍結保存しておくことにより,採卵周期の胚移植で妊娠が成立しなかった場合でも,その後の周期で融解後の生存胚を移植することにより,妊娠が可能となるためである.そのうえ凍結胚の利用により,採卵を毎回行う必要がないことから,患者の負担が軽減され,採卵周期当たりの妊娠率を向上させることができる.また,1回の移植胚数を減らすことで多胎の防止にも役立ち,子宮内環境不良や卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome:OHSS)の発症・増悪が考慮される場合など,新鮮胚を移植することが不適当な場合では,すべての胚を凍結保存し,その後の自然周期,または子宮内膜作成周期で移植することも可能である.
細胞を低温保存(凍結する)際の方法の基本は,①細胞傷害を起こす細胞内氷晶形成をどのように防ぐかと,②そのため脱水過程で細胞内へ浸透する耐凍剤による細胞毒性をいかに少なくするかである.現在,①比較的低濃度の耐凍剤と平衡化させながら徐々に温度を低下させる緩慢凍結法と,②高濃度の耐凍剤と平衡化させ,急激な温度低下により氷晶形成を生じさせず固化した状態にするガラス化法がある1).
これらの方法を用いて,卵や胚を低温保存(凍結保存)する際の問題点や注意事項には,次に挙げる低温保存の原理とそれゆえ起こる傷害と密接な関係があるので,1つずつ列記する.
基本的に細胞をその生存性を損なうことなく低温保存するには,液体が固化(ガラス化)する温度である-130℃以下に保つ必要があり,このために用いられるのが液体窒素(-196℃)である.細胞はこの低温保存状態において受ける傷害以外に,温度を低下させる脱水過程,融解のため上昇する加水過程においても次に述べるようなさまざまな傷害を受ける.精子のような小型の浮遊細胞は,比較的低濃度の耐凍剤(cryoprotective agent:CPA)を加えて,そのまま低温の液体窒素の気相に放置することによって凍結保存することができる.しかし,卵や胚は細胞サイズが大きく含まれる水分量が多いので,次に示すような種々の傷害が起こる得るため,このような方法を用いることはできない.
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