視座
日本リウマチ学会登録医について
七川 歓次
1
1滋賀医科大学整形外科
pp.115
発行日 1986年2月25日
Published Date 1986/2/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408908699
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日本リウマチ学会の十数年にわたる夢はリウマチ科の標榜の実現である.昭和50年5月に神経内科及び形成外科が新しい標榜科として許可された.これに刺激されてか,また時代の気運か昭和53年5月,日本リハビリテーション医学会よりリハビリテーション科,昭和55年4月,日本リウマチ学会よりリウマチ科の申請がなされ,その後内分泌代謝科,児童精神科,未熟児科,心療内科,内視鏡科,総合診療科などの診療科名要望が次々に厚生省に出された.現在の標榜科の主流が系統別であるため,リウマチ科が疾患群に属する名称であっては,認可はされにくい.そのため日本リウマチ学会では認可促進の方針として,リウマチ科標榜の受皿となる認定医(のちに登録医にかわる)制度をまず発足させ,その上で標榜科をかちとるということで,昭和59年,リウマチ標榜科・認定医制度検討委員会を設置して,登録医制度案の作製にかかった.これより先,この作業の一環として会員に対するアンケート調査がなされている.これが昭和57年,森益太日整会会長の時に日整会会員に大きな波紋を投げかけたことはまだ記憶に新しいところであり,その対策としてその翌年日整会関節疾患委員会が設置された.
我が国におけるリウマチ,特に慢性関節リウマチの診療は永年にわたり主に整形外科医によってなされてきた.リウマチ科の登場は,リウマチ学の対象疾患が整形外科の扱う疾患の大部分を包含している事実とからんで,整形外科医に少なからず困惑と拒絶感を抱かせたのも無理のないところである.
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