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■脊髄損傷の病態生理学
脳や脊髄などの中枢神経系は再生能に乏しく,ひとたび損傷が加われば2度と再生しないと考えられてきた.事実,脊髄損傷は患者に恒久的な四肢麻痺と感覚障害,膀胱直腸障害を残す悲惨な病態である.現在,脊髄損傷に対し行われている治療は麻痺を対象としたものではなく,急性期の全身管理のほか,脱臼や骨折部を手術による除圧や整復固定で安定化させ,さらなる麻痺の増悪を予防するための処置であり,脊髄の回復を直接促す治療法はいまだ存在しない.20世紀後半に動物実験やclinical mass studyにより有効性が報告された急性期ステロイド大量療法は期待されたほどの効果は得られず,近年では有効性よりも重篤な副作用が懸念されるため,使用頻度が激減しているのが実情である.
このステロイドを含め,これまで脊髄損傷治療の中心的なtargetとなっているのは,機械的な一次損傷に引き続く『二次損傷』と呼ばれる局所の炎症や微小循環障害・浮腫による自己崩壊的な反応である.1960年代から動物モデルを用いた損傷脊髄の病理的な観察からこの概念は提唱され,半世紀近く経った現在でも,この続発的な二次損傷を最小限にとどめることで,脊髄損傷を治療しようとする研究は数多い.このような動物モデルを用いた基礎研究では,多くの知見が生み出されているにも関わらず,実際の臨床現場において,脊髄損傷の予後に影響を与える因子,すなわち治療応用可能な因子は明らかにされていない.これまでに,年齢,性別,感染の有無などが影響を与えるとする論文も散見されるが,いずれもcontroversialである2,3).さらに,予後に影響を与える『臨床的に介入可能な』因子となると,全く報告はない.われわれもこれまでマウス脊髄損傷モデルにおいて,セルソーターを用いた炎症を引き起こす細胞の定量化やプロファイル解析を行い,好中球やマクロファージ,ミクログリアなどの細胞が二次損傷やその後の脊髄組織の自然修復に関わっていること,さらにこの二次損傷の引き金になるミクログリアの活性化の程度の違いが,脊髄損傷の機能予後に影響を与えることを明らかにしてきた5,6,7).このミクログリアという細胞は,脊髄常在性の単球形細胞であるが,近年,ミクログリアを含めた組織常在性単球は高血糖状態で過活性化されるという報告が相次いでいる1,8,9).そこでわれわれは,高血糖が脊髄損傷の予後に影響を与えるメカニズムとしてミクログリアに注目して実験的探索を行った.本稿では,その実験結果と臨床データの解析をまとめた論文(Science Translational Medicine第6巻256号に掲載4))を元に,脊髄損傷における血糖管理の重要性を述べたい.
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