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■はじめに
20年以上前,私が大学4年生だったころは,工学部でバイオメカニクスの看板を掲げている研究室は日本全国で皆無であった.しかし,看板は違うが実質的にはバイオメカニクスを研究テーマとする研究室がわずかに存在した.幸いに,私が所属した東工大工学部の機械系にはトライボロジーの世界的権威であった笹田直教授がおられ,人工関節のバイオトライボロジーを研究テーマにされていた.それまでの先生の講義で出てくるバイオ関係の話を聞いて“そわそわ”し,いても立ってもいられなくなっていた私は,倍率2倍強のじゃんけんに勝って笹田研究室に草鞋を脱ぎ,骨折のバイオメカニクスに関する研究テーマをいただいた.そして笹田先生の教えを受けつつ,北里大学で動物実験を行うために,笹田研の先輩である馬渕清資先生(現北里大学医療衛生学部教授)の生体工学研究室に通うことになった.北里大学医学部は,当時としてはユニークな,臨床と基礎の研究室の壁が取り払われ研究者が自由に行き来できる環境が整えられていて,山本真整形外科主任教授(当時)が率いる山徳義郎助手(当時)ら,若い整形外科医とともに動物実験がすぐに開始された.機械工学科の典型である“油まみれ”の実験環境ではなく,“血まみれ”の実験環境に多少の不安感をおぼえたが,人類のQOL向上に役立つ研究であることに重要性を感じたし,それ以前に,バイオ研究独特の高揚感を覚え,自分の将来が決まったことを直感した.
大学院修士課程を修了した私は助手として北里大学医学部(1987~1995)に採用され,生体関節の臨床バイオメカニクスの研究に着手した.その間に留学したピッツバーグ大学医学部(1990~1992)でも,そして大阪大学基礎工学部(1996~2000)に異動した後も同研究に精力を傾けた.大阪大学は医学部所属ではなかったが,医学部整形外科の史野根生先生(現大阪府立大学総合リハビリテーション学部教授)に声をかけていただき,先生が率いる研究グループと膝のバイオメカニクスに関する共同研究を開始した.研究開始当初,史野先生からいただいた言葉は「バイオメカニクスは自己完結できない」という手厳しいものであった.しかし逆に言えば,臨床医学の応用先を見据えて研究すれば相当のところまでいけるという意味にもなると思い直し,その後はますます臨床に近い研究テーマを求めるようになった.その後,工学院大学工学部(2001~2009),首都大学東京システムデザイン学部(2010~)と異動した間も,史野先生をはじめ,史野グループの中田研先生や中村憲正先生ら(両者とも大阪大学)との仕事を継続している.
このように臨床家との付き合いが長く,多くの影響を受けたこともあって,工学系所属に戻った今も臨床寄りの研究テーマを多く抱えている.その中で,本稿では私のライフワークになりつつある,ロボットを使った膝関節バイオメカニクスの研究について簡単に紹介する.マイクロ加工技術を導入した幹細胞バイオメカニクスに関する研究にも力を入れているが,紙数の関係からその紹介は別に機会に譲ろう.
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