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医療行為に伴って発症した予期せぬ出来事は,その原因や内容にかかわらず,「医療事故」という言葉で表現されることが多い.閉鎖性大腿骨骨幹部骨折の術後感染例について,訴訟で意見を求められたことがあった.医師は治療内容に過失はなく,その後の対応も適切で,本症の術後感染は合併症であると主張して係争となった症例であった.患者にとっては,順調に治癒するとの期待を裏切られた結果として,その憤懣を訴訟という形で医師や病院にぶつけたものである.そこでは,過失の有無を争うため医療事故という言葉が使用されている.この症例は,病院には過失がないということで,病院の全面勝訴となったが,4年間にわたる係争の結果である.もし,この症例での術後の出来事が合併症であると明確に説明されていれば,患者がいかに苦情を申し立てたとしても,このように無駄な時間と労力を浪費する必要はなかったと考えられる.
このように医学的立場からみて明らかに合併症と考えられる出来事が訴訟に至るには,いくつかの要因が考えられる.その1つは,国民の医療への不信感をあおるような一部マスコミによる医療事故報道や,完全に払拭されたとはいえない一部の医療サイドの隠蔽体質や,明らかな過失があるにもかかわらず合併症として言い逃れするような対応などが考えられる.それに加えて,患者からの苦情に対して,そのかかわりの煩わしさから,要求に安易に妥協する医療側の態度が,患者となる国民のごく一部ではあっても,医療に対する苦情がお金になると考える輩の出現を助長していることが第二の要因である.第三の要因としては,医療現場では医療行為に伴って発症した予期せぬ出来事に対して「合併症」,「偶発症」,「医療事故」,「医療過誤」など様々な言葉が使用されているが,これらの言葉の意味を明確に区別して使用している医療関係者が少ないことと,一般の国民にその区分についての情報が発信されていないことが考えられる.その結果,あきらかに「合併症」とされるべき出来事でも「医療事故」として扱われる傾向が顕著となっている.もしそれらの言葉の意味の明確な区別について,医療関係者,マスコミも含めた国民,さらには弁護士,裁判官の間に統一した見解が存在すれば,不必要な医療に関するトラブルの防止や裁判にいたる件数の減少,さらには裁判の長期化を避けることができると考えている.
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