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はじめに
消化器外科手術を始めとする急性期の侵襲下では,生理学的ストレスにより惹起されたインスリン抵抗性の増大による高血糖状態が頻繁に生じる.このストレス性高血糖の原因となるインスリン抵抗性の増大には,平滑筋の糖の取り込み障害および利用障害,肝臓での糖新生の増加,グリコーゲン産生の減少,遊離脂肪酸の増加の4因子が主として関わっているとされる1〜3).また,ステロイド投与,高カロリー輸液,カテコラミン投与などの急性期治療も高血糖を惹起する(医原性高血糖)1,4).これら急性期の高血糖は,患者重症化に伴うストレス性高血糖と治療に伴う医原性高血糖が相加的に働いて生じるとされる5).
これら侵襲下の高血糖状態に対し,2001年に強化インスリン療法(intensive insulin therapy:IIT,目標血糖値80〜110 mg/dL)の有効性を検討した単施設RCTの報告では,(Leuven I study)6),IITは従来型血糖管理(目標血糖値180〜215 mg/dL)と比較して,有意にICU死亡率を低下させたことが報告された(IIT vs. 従来型;4.6% vs. 8.0%, p<0.04).また,40 mg/dL以下の低血糖の発生率が従来群と比較して約6倍に増加するものの7),大半のICUで可能な血糖測定とインスリン投与で,患者死亡率を減少させうることが示された.
しかしながらその後,集中治療患者における血糖降下療法を検討する無作為化比較試験のうち,最も大規模なRCT研究であるNICE-SUGAR trial8)においては,IIT(目標血糖値80〜108 mg/dL,平均血糖値115 mg/dL)の90日死亡率に対する効果を通常血糖管理群(目標血糖値144〜180 mg/dL,平均血糖値144 mg/dL)と比較した結果,90日死亡率が有意差をもって2.6%上昇したと報告された(27.5% vs. 24.9%,p=0.02).また,これまでに低血糖の重症度は患者死亡と有意に相関し,軽度の低血糖を生じた患者であっても,低血糖を起こさない患者と比較すると有意に死亡率が高かったと報告されている9).低血糖発症自体の臨床的な問題点は言及されていないものの10),低血糖発症のイベントは回避することが望ましく,そのためVan den BerghらはICUでの血糖管理について,実際の血糖値に基づいて血糖値を一定のレベルに維持できる,いわゆるclosed-loop control systemを有する血糖管理・測定装置を用いることが望ましいと言及している11).
本邦における人工膵臓を用いた消化器外科周術期の血糖管理については,これまでに花崎ら12,13)により報告がなされているが,肝移植手術の周術期における使用経験の報告は少なく,周術期の血糖管理がその術後経過に及ぼす影響については明らかではなかった.当科では肝移植周術期の血糖管理法として,日機装社製の人工膵臓(STG-55)を麻酔導入から24時間経過時点まで使用するプロトコルでの管理を導入し,従来法(スライディングスケール法)と比較することで,血糖値推移と術後細菌感染症の発症率低下に関する人工膵臓の有用性についての検討を行った14).日機装社製のSTG-55は,実際の血糖値に基づいて血糖値を一定のレベルに維持できる,いわゆるclosed-loop control systemを有する世界唯一の人工膵臓である(図1)15).解析の結果,血糖値の平均値は人工膵臓群で有意に低値を示し,人工膵臓群と従来群で術後細菌感染症の発症頻度を比較したところ,人工膵臓使用群では,術後の細菌感染率が低い傾向にあり,多変量解析で有意な危険因子として同定されたことを報告した.今回われわれは,肝移植周術期における血糖管理の実際を提示するとともに,人工膵臓の有用性や今後の展望について報告する.
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