Japanese
English
症例
Otto骨盤の追加例
Additional case of Otto's Pelvis
佐野 精司
1
,
横井 正純
1
,
小室 健
1
Seiji SANO
1
1日本大学医学部整形外科学教室
1Department of Orthopedic Surgery School of Medicine Nippon Univ.
pp.685-687
発行日 1962年7月20日
Published Date 1962/7/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407202932
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緒言
Otto骨盤またはProtrusio Acetabuli(寛骨臼底突出症)とは両側性に骨性寛骨臼底が小骨盤腔内へ向つて突出する疾患であつて,1824年A.W.Ottoが婦人の骨格標本から見出して最初に記載したものである.その後英国では1884年にWhiteが,米国では1922年にHertzlerが独逸ではKienbock等がそれぞれX線学的所見を発表した.その後症例報告が増加し,同時に両側性のもののみならず片側性(いわゆる二次性)のものまでも本疾患の範疇に含まれるようになつた.最近の文献によると諸外国では150数例の報告をみるが,本邦では昭和10年杉立氏による報告が最初であり,ついで昭和29年条条氏の1例報告がある.昭和32年当教室梅原等が両側性に現れた症例を報告したが(第1表),最近私達は30歳男子にみられたいわゆる二次性のProtrusio Acetabuliと考えられる1例を経験したのでここに追加報告する.
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