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産婦人科医に云わせると,一般が如何してもう少し性周期—月経と云うものに注意を拂わないかと思う事が度々ある.内科医に胃加答兒と診断,投藥されたが,なかなか治癒しない.診ると妊娠惡阻であつたり,其他此れに就て,無関心であるとは云わない迄も,もう少し精細な檢討を加えて置けば,誤診を免れたであろうにと思われる例証にぶつかる事が應々にしてある.
元来婦人の誤つた常識とでも云うべきか,とに角,性器出血があれば,此れを月経として,一人合点,片付けてしまう傾向が多分にある.今月の月経が平常より少し遅れて,上りが惡いと云うのが,初期流産であつたり,最近,量は少いが月経が度々ありますと云うのが,子宮膣部癌であつたりする事は,相当に経驗する.今更臨床講義でもあるまいが,産婦人科医にとつては,患者の性周期を知悉する事が,必要不可欠であるので,此れに対しては,非常に関心を持ち、又敏感である事は事実である.筆者がライプチッヒ大導病理学教室在室中,乳腺に就て建蕩をした事があつたが,当時Dietrich.Rosenbrg間に,乳腺周期の問題に就て論争がある,一般病理学者としても,比れに重大な関聠性のある性周期には,特に関心,注意を拂うべきであるにも拘わらず,生理的、病的を顧慮する事なく,只形態的変化に重きを置いて,乳腺剔出患者の性周期の追求は必要であると,口ににしながら,結局産婦人科医として納得の行く処迄は,調査出来なかつた事がある.故に我々としては,婦人患者,特に下腹部に疾患があると考えられる場合には,最小限度,最近一年間位の月経の整,不整 持続日数,経血量等は,患者の受ける感情の如何に拘わらず遠慮なく問診する必要があると同時に,患者の言にのみ重きを置かずに,主観的立場に於て,冷静に此れを判断すべきであると思う.次の言葉は,外科医の方から訂正されるかとも思うが,突然右下腹部激痛を訴えた患者があると聞かされた場合,外科医の頭には,急性虫垂炎が,婦人科医では,子宮外妊娠中絶が,先づ考えられるのではなかろうか.もう一つ,此れは甚だ失礼な云い分ではあるが,急性虫垂炎の診断で手術した処が,外妊中絶であつたと云う例は時折聞かされるが,此反対の場合はあまり無い樣に思う.此れは勿論婦人科医には,後腔円蓋部よりの,ドウグラス氏窩穿刺と云う傳家の宝刀があるので,如何に他の所見がそれと考えられても,此穿刺に依て,暗赤色血液を吸引しなければ,外妊中絶は絶対に考えられないので,此点よりして幸いに,過誤がないのだと思う.最近にも前述の様な例があつたので,簡單に記載檢討してみる.患者22歳,既婚,未産婦,11月初旬7日間月経があつたと云う.11月14日惡心嘔吐と共に右下腹部激痛,内科医2人に依て,急性虫垂炎と診断され,外科医に依て手術を施行した処,流動性血液が多量に排出,出血源不明の爲改めて正中切割を施行,始めて右卵管妊娠中絶を確認したと云うのである.筆者は,其後此患者が再び下腹痛を訴えた時,診察したのであるが,問診時,從来月経持読期間3日なのが,11月に限つて7日なので,尚追求したら,そう云われれば確に平常のとは違つていて,手術時にも未だ少しはあつた樣に思うと,患者自身も始めて気がついた樣な次第であつた.此出血が卵死滅に依る子宮脱落膜の剥離に因する事は云う迄もない.処で此患者を診察した諸氏中,第一氏は,今月月経があつたと云う患者の言を無條件に受け入れ,妊娠成立を全く考慮せず,第二氏に第一氏の診断を先入感として,第三氏は前二氏の診断を其儘受取つた爲に,手術時血液が流出しても,直ちには出血源を究明する事が出来なかつたのだと思う.此場合一人でも,性周期にもうすこし注意を拂つたならば,其診断は術前に是正されてをつたのではなかろうか.尚一般に外妊中絶は單独では無熱,白血球数も一万以下で,此れを超えるのは僅かに陳旧な所謂子宮後血腫例のみである.
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