連載 症候学メモ余滴・20
すべての手掛かりは現場にある—殺人捜査刑事の言葉
平山 惠造
1
1千葉大学
pp.783
発行日 1997年8月1日
Published Date 1997/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1406902102
- 有料閲覧
- 文献概要
昔,警視庁の捜査一課に平塚八兵衛という,犯人にとって誠にこわい存在の刑事がいた。といっても私が物心がつく前の話である。犯人にとってこわいのはやたら締め上げたり,拷問にかけて自白させるということではない。証拠となりそうなものや疑わしいことを徹底的に検べ上げて,犯人を追い詰めるので,犯人がうそをついても逃れようがない,というものである。今日では,科学的分析などによって証拠品の同定が著しく進歩したようであるが,考えてみると,疑わしい証拠品を見つけ出すことを科学的にすることは出来ない。現場でデカが知慧を働かせ,思い込みをせず,証拠となりそうな物や事柄をいかにおさえるかが始まりで,彼が捜査で最も重視したのはこの段階にあったようである。
彼の信条は「机の上で論じるのではなく,すべては現場にある」「不可解なことがないかを確かめる」「いかに聞き出すか,聞き込むか」「事実をみる。思い込まないでみる」ということにあったそうである。だから彼が上級職に引き上げられそうになったとき,「肩章ではみられない」と言って,現場がみられなくなることに抵抗したという。
Copyright © 1997, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.