ある地方医の手紙・22
「殺人」依頼
穴澤 咊光
1
1穴澤病院
pp.554-555
発行日 1974年4月10日
Published Date 1974/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402205414
- 有料閲覧
- 文献概要
W先生
このごろ,どうも,私はいささか頭にきています.それというのも,ある重態の患者の「子」が親の生命を縮めてくれ,と私に「殺人」を依頼してきたのです.不治の重病で七転八倒する肉親の苦しみを見るに見かねた患者の家族が,「たとえ死んでもよいから病人を早くラクにしてやってくれ」と医師に要求するような場面はどの医師でも経験することでしょうし,また,たとえば,末期癌や,脳卒中で昏睡が数十日におよぶような症例で,患者の看護に心身ともに疲れはてた家族が,「これだけ手をつくせば本人も満足,私たちも心残りはありません.どうせ治らないものならば,せめて自宅で死なせてやりたい.それなら当人も浮かばれるでしょう.」と医師に要求して治療を中止させ,まだ病人が息のあるうちに自宅に運び,そこで臨終を迎えさせる(農村では,「人生の終局は病院のベッドの上などではなく,自宅の畳の上で安らかに迎えるべきものである.」という考え方が強いため),というようなことも,地方に行けば,さして珍しくはないようです.ところが,今日,私に「殺人」を依頼してきた息子は,自分の継母の貯えていた小金が,彼女の治療費のために使われてしまい,自分が「遺産」として受け取る分が減りはしないか,と恐れ,私に継母を殺してくれ,と要求してきたのです.いくら生さぬ仲とはいえ,なんとヒドイ話ではありませんか.
Copyright © 1974, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.