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I.はじめに
光受容にあずかる網膜は,発生学的には前脳胞の小膨出に由来する眼杯の分化したもので,中枢神経組織と同様の構成,すなわちニューロン回路と,その間を埋める神経膠細胞とからなっている。一方,網膜は光という単一の刺激に応答するもので,網膜内における刺激の伝達,その修飾,統合などの機構は,脳におけるそれらと同様と考えられる。従って網膜に認められる現象は脳にもあてはまることが多い。その意味では網膜の研究は脳研究のモデルとなりうるものであり,比較的容易に薄片として純粋な形で分離しうる網膜は研究対象として有利な点を備えているといえよう。
網膜の構造に関する知識の発達に貢献した学者の中では,まずMax SchultzeとRamon y Cajalの二人を挙げねばならない。Schultzeは前世紀の中頃,光顕の解像力の限界を駆使して網膜の構造を分析し,現在もそのまま使用されている網膜層構造の分類とその名称を確立している37)(図1)。当時はミクロトームによる薄切法もアニリン染料による染色法も充分に発達しておらず,生鮮材料の分離標本や,OsO4による固定が多く使われているのも注目される。Schultzeはまた杆(状)体と錐(状)体を明瞭に区別し,それぞれが外節と内節からなること,外節には長軸に対して直角方向の微細な平行線条が認められること,血清内に暫く保存すると外節が円板状に分離すること,この円板には花弁状の切痕があること,などを記載しており,驚くべき観察眼である。彼はまた内節のエリプソイドや油滴とその着色についても詳細にみており,更に脊椎動物全般にわたる各種動物網膜にみられる杆体と錐体の分布や数と,その動物の生態を比較考察することから,杆体視細胞が薄明視に,錐体視細胞が白昼視に関与するという考えを確立したのである(1867)36)。他方,Golgiと共に1906年にノーベル医学賞を受けたCajalは金属メッキ法を駆使して神経組織内のニューロンの形態と回路網を追求した。網膜に関しての彼の最初の論文は鳥についてのものだが(1888),その数年後には脊椎動物全体にわたった網膜内ニューロン回路網についての詳細かつ広汎な研究が発表された32)。この本はこの分野での古典として現在も生きており,網膜の研究には必ず参照されねばならないものである。
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