--------------------
編集後記
佐野 圭司
pp.1274
発行日 1965年12月1日
Published Date 1965/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1406201966
- 有料閲覧
- 文献概要
この1年をふり返えつて感ずることはまず多事の年であつたということである。ヨーロッパでは国際脳神経外科学会がコペンハーゲンで,ついで国際神経病理学会がチューリッヒ,国際神経学会,国際脳波学会がウィーンで,また国際定位脳手術学会がコペンハーゲンとウィーンでという具合に数多くの国際学会が夏から秋をにぎわしたのは周知のとおりである。おまけに国内で国際生理学会,国際ME学会,国際耳鼻咽喉科学会,国際小児科学会,とつづいて文字どおり関係学者は国内国外に東奔西走したことであつた。
ところでこれら国際学会を通じて感じられることは,学会におけるわが国の地位の向上である。わが国の医学者の業績はかならずしもよく知られているわけではないし,またたとえ知られていても正当に評価されているとは限らないのに,これはどういうことであろうか。ひとつには国力の充実,発展が当然その背後にあるはずの科学の進歩発達を諸外国に強く印象づけていること,ふたつには他の比較的よく知られている分野(たとえば物理,数学など)でのわが国のめざましい発展から,医学の水準も類推されて高く評価されていること,などがその理由であろう。
Copyright © 1965, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.