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現在までのところ,脳髄の生化学研究は生化学的研究一般の立遅れから,脳髄の機構と積極的にとりくむまでに至らなかつたようである。しかし最近における生化学的研究の進歩は漸くまことに目覚ましく,脳髄の生化学的研究の宝庫はまさに開かれんとしている。このときにあたつて,我国においても昭和27〜28年度文部省科学研究綜合班として「神経系の組織と機構に関する化学的研究班」が逸早く発足し,九州大学中脩三教授を中心として,この方面に関心をもつ有能なる研究者が糾合され,立派な成績をあげたことはまことに慶賀すべきことである。我国医学の多くが出発の立遅れから未だに模倣と追従の域を脱し切れずに苦悩を重ねているとき,脳髄の生化学的研究は新しく開かれた未開拓に近い領域であるだけに,我国も欧米諸国と同じ出発点に立ちうるわけで,極めて有利な研究領域の一つである。一人でも多くの優秀な研究家が斯界の開拓に従事し,しかも徒らに欧米の業績を追うことをやめ,我国独自の新生面を開くとともに,それを互いにもりたて,みがき上げてゆくことが必要であろう。このときにあたつて,神経化学綜合研究班の業績が中教授によつて編集され,「神経化学」と題して出版されたことはまことに時機をえたことである。
本書は各班員の研究紹介を目的としているために,分担執筆の形になつている。多数の研究者の業績が分担執筆の形で集められる場合は編集の如何によつては,題目が全体にゆきわたらず,又各内容が余りに狭い範囲に限定され,学術雑誌を本の体裁で出版したにすぎなくなる場合がある。本書ではこの点にもかなり深い注意が払われているように思う。序説として神経化学の展望が中教授によつて加えられ,各執筆者も歴史的展望を加えることを忘れていない。又この方面の研究が新しい領域で,研究題目の細分化がすくないだけに,執筆題目もほぼ全体を網羅している。著者自身の研究を中心とした分担執筆の形式をとつた本として,斯界全体の展望書としてもかなりの成功をおさめたといえる。中教授が述べておられるように,本書が基礎臨床の如何を問わず,あらゆる関連分野の研究者が集まつて,相互の理解をふくめ,問題の所在を共に探求し,協同研究への足場をつくることに役立ち,我国独自の特色ある研究領域が開かれてゆくことを切望する。
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