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症例は40歳女性。35歳時に40℃の発熱と血尿がみられたが,病院は受診しなかった。1993年3月の当科受診時には,多弁,観念奔逸,易刺激性,被害関係念慮などが認められ入院となった。入院後ハロペリドール3mg/日と炭酸リチウム(Li)300mg/日を投与した。1週間後にLiを600mgへ増量したところ,疲労感を訴えたので血液検査を行ったが,異常なかった。Li増量後10日目より徐々に尿量が減少し,2週間目には乏尿(1日尿量450mのとなり,振戦が認められたため導尿を施行したが,尿は排泄されなかった。体温は37.3℃であり,血液検査ではWBC9,600,Cr2.2mg/dl,CRP8.3mg/dlと異常が認められた。Liの血中濃度は0.85mEq/l,尿の細菌培養は陰性,尿沈渣では扁平上皮細胞が多数検出された。Liをただちに中止した結果,翌日の尿量は900mlとなり,4日後には通常の尿量に回復した。PSPは15分値が20%,Crクリアランスは62ml/分であった。
本症例における乏尿は,Li増量後出現し,Li中止後比較的速やかに消失しているので,Liとの因果関係が示唆される。ただし,Li単独による作用かハロペリドールとの相互作用によるものかは明らかでない。渡辺2)は,腎炎などの既往のない患者にLiを投与して3週間で新たに腎障害を来すことはなく,本症例はLi600mg/日の投与によって血中濃度が0.85mEq/lと高濃度となっていることは,Liクリアランスの悪い状態であったと考えた。そして,5年前の腎炎の既往による何らかの障害が残存していた状態であったのでLi投与によって新たに腎障害を起こしたか,悪性症候群を起こした可能性があることを指摘した。しかし,Aranaら1)は,Li療法初期の患者に通常良性の尿検査所見を伴った血清クレアチニンの急激な上昇を認めることが稀にあり,そのような患者の多くは間質性腎炎であろうと述べている。本症例は腎前性や腎後性の原因は特に認められず,尿沈渣で多数の扁平上皮細胞を認め,CRPが8.3mg/dlと著明に増加していたことから,腎炎を起こしていた可能性もある。しかし,腎生検を施行しておらず確定診断には至らなかった。
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