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現在の医学界の中では,新しい疾患を見い出すことは困難であり,しかもそれが広く受け入れられるようになるには,随分と時間がかかるものである。まず,筆者の経験を紹介しよう。
筆者が名古屋大学の精神科に所属していた頃に,ある精神病院で痴呆の患者を担当したことがある。当時筆者は大学病院で老人クリニックを受け持ち,神経病理研究グループに属していたが,その老女が貴重な症例であるとは思いもせず,普通のアルツハイマー病ではないかと考えていた。筆者が担当して1年も経たないうちに,不幸にしてその老女は腸重積で急死してしまった。剖検の許可を得て,自分で剖検し,2〜3カ月後に標本ができるのを待って,臨床の合間に標本を鏡検したのを思い出す。最初に気づいたのは多数の老人斑と神経原線維変化であり,やはりアルツハイマー病だったかと思ったが,さらに黒質や青斑核などの脳幹の諸核にレビー小体が多数見つかり,パーキンソン病を合併したアルツハイマー病と診断した。この種の症例は当時としては珍しい症例であった。ところが,さらに詳しく鏡検していると,大脳皮質の深部の小型の神経細胞にエオジン好性の小体がたくさんあることに気づいた。当時はレビー小体が大脳皮質に多数出現することはないというのが通説であったため,それがレビー小体かどうかが問題となった。この頃はまだ文献検索が今ほど容易ではなかったため苦労したが,1961年にボストンの岡崎春雄教授が大脳皮質にレビー小体様の封入体を多数みた2症例を報告していることを知った。しかし,岡崎教授もこの封入体をレビー小体とは同定しなかった。さらに,当時岐阜大の難波益之教授のグループが若いパーキンソン病の症例で大脳皮質に同様の小体が多数出現した症例を神経病理学会で報告したので,難波教授のもとを訪れ,その症例を鏡検させていただいた。そしてそれが筆者らの症例で見たのと同じ小体であることを確認し,筆者はそれがレビー小体であると考えた。後に岐阜大の症例の電顕研究から現在東京都精神医学総合研究所で私の後任として神経病理研究室の主任をしている池田研二博士がその大脳皮質の小体を未熟型レビー小体として「脳と神経」に報告した。
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