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精神医学を医学の他の領域から際立たせている特徴の一つは,その対象が狭義の疾患ばかりでなくパーソナリティ全体に及ぶということであろう。精神科医は疾患を治療して病前の状態が回復することを目指すだけでなく,患者のパーソナリティが成熟し,主体性が育つことを願う。もう一つは,患者の身体や行動といった客観的に観察しうるものを扱うばかりでなく,患者の内面に関心をもつことであろう。そしてさらに,内的世界を推測し,それに基づいて働きかけをしつつ,同時に患者がまわりとの関係の中で(そのまわりの重要な一部が精神科医自身であるが)どのように動いているかを考えてみることであろう。こういう精神医学の特徴つまり主体,内面,関係へのかかわりを可能にするには,観察や測定や説明といった自然科学的方法に加えて,共感や了解や関与が必要となる。こういう精神医学の特徴をとりわけ明確にかつ自覚的に担うのが精神療法である。精神療法こそ精神医学を精神医学たらしめるものである。
こういうふうに思ってきたのだが,このごろ必ずしもそうとは言えない状況になってきている。医学部の精神科の教授で精神療法を専門とする人は,わが国ではもともと少数であったが,最近ではさらに減少して五指に満たない。教授だけでなく助教授以下大学のスタッフのほとんどが生物学的研究者で占められている。大学の教育スタッフになるには研究業績が必須であるが,業績の数において精神療法家は生物学的研究者にとうてい太刀打ちできないからである。かつては,主任教授が生物学的研究者であればスタッフの中に1人か2人は精神療法家を入れるという配慮があったようだが,このごろは必ずしもそうではない。生物学的研究一辺倒になっている教室が多い。極端な場合,精神療法に関心をもち学ぶこと自体がまっとうな医師のすることではないとみなされたり,禁じられたりしているところもあるらしい。ここ二,三年の間に何人かの精神療法家がバタバタと医学部を去って,文化系大学の教員になったり開業したりしている。精神療法家にとって医学部精神科は住みにくいところになっているようである。
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