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はじめに
災害時の精神保健医療対応についてはこれまでも何度か意見を集約して発表しており,一部はガイドラインとして全国の自治体に配布されている10)。本稿ではその内容を再掲することは避け,いくつかの論点と国内外の動向を紹介することとしたい。
災害とは自然界に生じる台風,地震などのハザードそれ自体ではなく,それによってもたらされる被害である。自然現象としてのハザードをコントロールすることは難しいが,被害を減少させることによって災害の規模をコントロールすることはある程度可能であり,精神保健医療活動もそのような災害対策の一環として位置付けられる。社会的には心のケアという言い方がなされているが,この概念は医学から社会へと広められたものではなく,むしろ狭義の精神医学的対応に限らない災害からの心理社会的な回復,あるいは人道的な心理支援の提供へのニーズ,期待を表している。しかしそのために医学的介入と人道支援の境界が曖昧となり,また現在ではその効果が否定されているが,デブリーフィングという災害直後の単回カウンセリングが将来のPTSDを予防するという説が阪神淡路大震災の当時,米国から伝えられたために,人道的に話を聞くことが医学的介入ともなるという誤解が一部に生じることとなった(この説はその後の研究によって否定されている)14)。
現在でもなお,社会一般の人々が心のケアに対して抱く期待には漠然としたところがあり,必ずしも特定の精神疾患の早期治療,予防だけが期待されているわけではなく,あたかも医学medicineの語源がmagicianであったことを想起させるような万能的な癒しへの期待が込められていることもある。Raphael13)は災害直後には被災地もそれ以外の社会もいわゆるハネムーン的な一体感,高揚感に包まれることを指摘したが,心のケアに対する関心の高まりも,基本的にはこうした災害後の一体感,連帯の中で被災者を支えようとする意識の反映でもある。このような事情のために,避難所で急性錯乱を起こした住民を精神医療チームが沈静化させ救急搬送するような行為を周囲の被災者が目にしたとき,適切に心のケアが行われたと歓迎されることは少なく,むしろ災害後の人道的な支援への素朴な期待が裏切られたと感じることにもなる。ここには平時から精神医療が抱えている難しさが浮き彫りにされているとも言える。すなわち,医学の一分野として身体科と並んで特定の精神疾患への適切な治療を行うのか,時には社会防衛的な役割も担うのか,あるいは多層的な心理社会支援の要として,被災者のウェルビーイングを取り戻す行為の一翼を担うのか,ということである。これらは二律背反的なものではなく,後者の支援が疾患としての転帰にも影響することは多くの精神疾患においてみられることであり,災害時にも該当する2)が,災害時の余裕の少ない状況の中でこれらをバランス良く組み合わせることは常に容易とは限らない。そうした役割の軽重は時相,状況によって変わり得るが,基本的には心理社会支援を幅広く提供し,災害後に生じた症状の自然回復を待つことが実際的である。災害後には人的,社会的ネットワークが寸断され,心理社会的な孤立が認められやすいことを考えると,狭義の精神医療も症状の軽減を通じて社会的ネットワークを回復するための試みであり,被災者がどのような人的,社会的資源に結びついており,医療以外のどのようなサポートを受けているのかを考慮することが理想ではある。なお,多くの国際的ガイドラインでは触れられていないが,医療先進国である日本に特有の事情として,災害以前からの医療継続がある。
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