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はじめに
災害精神医学を,本特集「精神科臨床から何を学び,何を継承し,精神医学を改革・改良できたか」というテーマの中で,検討,考察するにあたって,まず,災害精神医学・医療がどのような医学・医療であるかという前提について検討,考察することから始める必要がある。
医師法の第1条で医師の役割は「医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もつて国民の健康な生活を確保する」ものと定められているが,その責務を支える学問領域としての医学には自然科学としての医学の他に,社会科学としての医学,生命倫理,医学教育なども含まれる。災害の発生を想定して医療・保健体制を強靱化し,また,災害に対応できるよう備えておくこと,災害が発生した際の被災地域の公衆衛生の向上,増進に寄与し,被災地域住民の健康な生活を確保することも,医師の重要な役割であり,その責務を支える学問領域として,災害精神医学を構築,発展させていく必要がある。災害精神医学は,地域社会の基盤を揺るがす事象に起因する状態に対応するための学問であるが故に,自然科学としての医学の他に,社会科学としての医学,生命倫理,医学教育を包含する医学の広義性が端的に凝集される学問領域であることが必然となる。
備えるべき災害ということについていえば,伊勢湾台風を契機に1961年に策定された災害対策基本法では災害を「暴風,竜巻,豪雨,豪雪,洪水,崖崩れ,土石流,高潮,地震,津波,噴火,地滑りその他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害」と定義している。1997年には,「海上災害,航空災害,鉄道災害,道路災害,原子力災害,危険物等災害及び大規模な火事災害」についても,対象に加える修正が行われた。
災害大国とも言える本邦においては,上記災害のうちのいくつかは局所災害として毎年のように起こり,その被災者の精神保健を如何に把握し,対応するかということも重要な課題である。一方,通常の医療保健体制が麻痺して現地の平時の医療保健体制では対応が困難となる広域激甚災害が発生した際に,本邦のそれまでの災害精神医学的備えが試されることになる。災害への備えは大きな災害を経るごとにその教訓に基づいて改善していくものである。阪神・淡路大震災は東日本大震災発災以前,災害精神医学領域に最も大きな影響を及ぼした災害と言えよう。本稿では,災害精神医学が包含する各領域について,阪神・淡路大震災を含むそれ以前の災害から得られたどのような知見が,東日本大震災が発生する前の備え,あるいは東日本大震災発生後の災害対応の中で継承されたのかについて検討を行う。
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