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“Collusion”との出会い
Nさんは,“いつも微笑みを絶やさぬ礼儀正しい紳士”という感じの初老の男性だった。民間航空会社の元パイロットだったと聞いている。彼は終末期肺がんで,胸部痛のコントロールのため,東札幌病院緩和ケア病棟(以下,当院)に入院していた。気になることと言えば,経口モルヒネによる胸部痛のコントロールが中々つかず,投与量が500mg/日にも及んでいたことである。しかも,NRS(Numerous Rating Scale)低値の疼痛でも不安感が強く,予防的にもレスキューのモルヒネを使用していることが分かった。そこで,レスキュー薬剤の一部をbenzodiazepineに置き換えてみたところ,それでも彼の胸部痛は軽減されることが判明した。しかし,私が回診で病状を尋ねると,彼はいつも微笑みながら「多少の痛みはありますが大丈夫です」と答えるのが常であった。私も気になりながらも何故か,それ以上聞き出すことができず,いつもその場を後にしてしまう日々が続いていた。そんなNさんにもある日大きな変化が訪れた。私が,彼に胸部CT画像を見せながら,癌性胸膜炎による胸水の急激な増加を伝えた数日後のことである。彼は,ある夜,夜勤の病棟看護師に性的な言葉を発してしまったのである。これは,普段の彼の人となりからは全く想像できない行為であった。私は,翌日の回診で「何か変わったことがありましたか?」と彼に尋ねた。それに対して彼は,「自分が発狂した夢を見ました」と答えた。私は,非常に驚いたが,何故か強い不安を感じて「そうだったんですね」とだけ言葉を残し,その場を去った。
私は,彼とのコミュニケーション障害について,当時当院に6か月間のサバティカルで滞在中の,スイス,ローザンヌ大学病院リエゾン精神医学診療部教授F. Stiefel先生に相談することにした。「彼は非常に強い不安を抱えているが,いつも微笑みを保った紳士を装い,誰にもそれを打ち明けようとはしないので,彼とのコミュニケーションは難しい」とStiefel先生に伝えると,Stiefel先生は,こう仰った。「情動のセルフ・コントロールは長年パイロットをしてきた彼にとっては,中心的な問題と言えるだろう。それは,君にとっても同じかも知れないね。なぜなら,君も長年外科医だったから」(パイロットも外科医も職業上,情動のセルフ・コントロールが必要だという意味)。その時,私は突然気付いたのである。自分も彼と同じ身体的問題を抱えて死への強い恐れを抱いてきたことを。しかし私は,それを医師としての職業意識から強く抑圧し,患者さん達の前では,あたかもそのようなことが全くないように振舞ってきた。
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