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はじめに
精神分裂病,あるいは分裂病や分裂症と呼び慣らされてきたものを,突然,統合失調症に変えますと言われて,大いに戸惑い,何だか腹立たしさを覚え,釈然としないままであったが,それから15年を越えた今,統合失調症という名称にすっかり抵抗感がなくなっていることに気が付く。我々が学生のころ,「痴愚」だとか「白痴」といった術語について,もう使用されないという注釈とともに耳にしたように,今の医学生は「精神分裂病」という言葉を聞いているのであろうか。
では,今どきは統合失調症とは何だということになっているだろうか。
原因不明ながら脳機能に由来する認知の障害を基底として,幻覚妄想,行動の異常などの陽性症状や意欲の減退などの陰性症状を呈する精神疾患,とでも言ったところか。
統合失調症という名称も精神分裂病という名称も同じスキゾフレニアという欧米語の翻訳に過ぎないのに,統合失調症に呼称が変わって軽症化したなどと奇妙なことを言う論者もいた。だが名前が変わるということはその本質も変わるということだという観点は,言語中心主義を持ち出さずとも,スキゾフレニアのように決して実体があるわけではなく,名称によって区分けされた臨床単位に対しては妥当なものだったと言える。内海20)も述べるように,この名称変更に伴って何かが失われたのである。何かオーラのようなものが。
1964年,宮本は次のように述べている。「分裂病という問題は,早期の『発見』や十分な『管理』を目標とする医療的次元だけに限られるようなものではなく,そのほか,社会・文化・芸術・宗教などおよそ人文的方面のすみずみにまでひろく関連するほどの巨大なスケールを持ち合わせている。これは分裂病が人間生活の全体とかかわりをもつ『人間の病い』であることを考えれば自明であるが,しかし,この方面は普通の教科書や解説書のたぐいではあまりあつかわれない」10)。
たとえばかつて中井15)は統合失調症が存在することの人類学的意味を推測しているのだが,今やそのような観点は解説で扱われないばかりか,統合失調症が人間生活の全体とかかわりを持つなどとも考えられなくなっている。だからと言って,早期の発見や十分な管理がこの半世紀の間十分になされたとも思えない。その代わりにと言ってはなんだが,病者に対する敬意は,自己価値感だとか,リカバリーといった形で洗練されてきている面はある。しかし失われたのはこの「巨大なスケールを持ち合わせている」疾患を病む人に対する畏怖である20)。
もちろん「畏怖」などという言葉を持ち出すのは統合失調症を神秘化しており,科学としての医学に従事する以上,善し悪しかもしれない。本稿では「畏怖」とともに失われつつあるように思われる統合失調症の分類学的布置のいくつかの様相を再考してみたい。
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