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はじめに
プラダー・ウィリー症候群(Prader-Willi syndrome, PWS)は,頻度1/20,00036)で発生する内分泌・神経・奇形症候群である。内分泌学的異常として低身長・高度肥満・糖尿病・性腺機能低下などを認める。奇形としてアーモンド状眼裂・小さな手足・色素低下などがみられる。また,臨床症状自然歴が解明されており,年齢ごとに症状が変化する。新生児期・乳児期には筋緊張低下,虚弱性,運動機能の発達遅滞がみられる。幼児期以降PWSに特徴的である過食がみられ,成人期以降も持続する。これにより肥満・糖尿病・呼吸障害・心血管障害のリスクが高まる。また,思春期以降にはさまざまな精神・行動障害が合併する。精神発達遅滞を合併することも少なくない。行動障害の特徴は食への執着・頑固・こだわり・困惑しやすい・日中の過眠である。責任遺伝子座は,15番染色体q11-13領域にあり,内訳は約70%が父由来同領域の欠失,約15%は母性片親性ダイソミー,すなわち染色体15番が父から伝播せず,2本とも母由来である現象に起因する。
この症候群が精神医学的に重要なのは,以下3つの理由による。
第一に,PWSはゲノム刷り込み現象(genomic imprinting)が初めてヒトの臨床の場で確認された例であり,エピジェネティクス時代において,遺伝—行動連関を考察する上でのモデルとなり得る。ゲノム刷り込みとは,遺伝子が生まれながらにして抑制パターンに刷り込まれている現象である。そして,この遺伝子の発現抑制は遺伝子の変異ではなく,遺伝子のスイッチ領域のDNAメチル化(化学修飾変化)であることが分かっている。PWSにおいて,父方遺伝子欠失と母性片親性ダイソミーとに共通するのは,父由来の15q11-13領域が伝播されないことである。つまり,父由来染色体は伝播されず,母由来染色体上では発現が抑制されるため結果として無発現となる。そのため,ここにPWSの責任領域が存在すると考えられる。ちなみに,母由来の15q11-13領域が伝播されないと,アンジェルマン症候群(Angelman syndrome)という全く別の症候群が発生する。
第二に,PWSは,自閉性スペクトラム障害(ASD)の遺伝学的モデルとなる可能性がある。その理由は,15q11-13がASDにとって重要な領域であるという点にある。ASDには,染色体領域との連鎖が報告されているが,最も多いのが母方アレル特異的15q11-13の重複である。それに加えて,PWSは思春期以降に高頻度にASD様の行動を呈し,とりわけ母性片親性ダイソミーは,父方遺伝子欠失に比して,ASDとの関連が強いとされる。本邦の調査研究28)も,この点を確認するとともに,母性片親性ダイソミーと父方遺伝子欠失の行動上の差異が思春期以降に顕在化する可能性を示唆している。
第三は,もっぱら臨床的な理由である。PWSは自閉症様症状にとどまらず,多彩な精神行動症状を呈し,症状の広範さ,重篤さともに,精神科医の関与なしにはコントロールすることが難しい。PWSの行動症状をForsterらは5領域に分類している9)が,それによれば①食物関連行動,②反抗的・挑戦的行動,③認知的硬さ・柔軟性を欠く行動,④不安感および危険な行動,⑤皮膚を引っ掻く行動であるとされる。これらの症状は,種類,重症度に個人差が大きく,かつ,個人内でも時期によって差異がある。そのうえ,行動症状の大半は,身体面の管理が小児科医から内科医へとシフトする思春期以降に発症し,深刻化していく。このようなときに,児童・思春期から成人期に至るまでの長い期間を一貫して関与できる精神科医の存在が,患者からも,家族からも期待されている。PWSの行動及び精神症状とその割合を表1に示す4)。
この総説では,PWSの行動症状の中でも,最もコントロールが困難であり,PWSをしてPWSたらしめる特徴であるところの食物関連行動に焦点をあてる。
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