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今年のNatureの2月・3月号に相次いで感情障害の遺伝研究についての画期的な研究論文が掲載された。それは組み換えDNAの技術を用いて行った感情障害の研究である。これらを要約すると次の通りである。躁うつ病または感情障害が家系内に多発している,家族集積性の高い家系について連鎖研究(linkage study)を行ったところ,双極性感情障害の遺伝子座として,6番染色体の短腕にあるHLAと連鎖するもの,11番染色体の短腕にあるHRAS 1,INS,βグロビンと連鎖するもの,X染色体上にあり,色盲,Xg血液型,G 6 PD欠損と連鎖するもの,などがあることがわかり,同時に本症の異種性が示唆された(詳しくは本号米田の論文参照)。躁うつ病や感情障害がすでに臨床遺伝,すなわち臨床症状と家系研究により異種性のものであることが報告されてきたが,近年急速に発達した遺伝子工学の手法を用いることによって,DNAのレベルでも異種性が確認されたことになる。4年前に藍野学術財団より依頼され,第4回国際学術集会(1983年)の会長を私が務め,神戸の国際会議場において"Genetic Aspects of Human Behavior"なる主題のもとに,世界の主だった精神遺伝学者の研究発表・討論が行われた。この学会のProceedingsが私と坪井孝幸氏の編集で医学書院から刊行され,その時点における精神疾患の遺伝研究が総括されている。なおその学術集会において,ハンチントン舞踏病の遺伝子座が第4番染色体上にあるといったGusellaの研究報告が紹介された。それから数年を経ずしてアルツハイマー型老年痴呆が第21番染色体と関係があり,さらに数ヵ月前感情障害の遺伝子研究が発表されている。この様に神経・精神疾患の遺伝研究は,従来欧米各国において臨床遺伝の面から地道ではあるが着実に続けられていたが,近年の遺伝子工学を導入することによってさらに一段と目覚ましい発展を遂げつつあり,心が遺伝子のレベルからも解明されようとしている。このように欧米における精神疾患に関する遺伝研究の進歩には瞠目すべきものがあるが,我が国でのこの領域における研究は満足すべきものとは言いがたい。その理由としては色々とあるであろうが,遺伝に関する知識の不足や,情報の偏りも一因と考えられる。いま「遺伝・環境」の問題についてみても,「遺伝か環境か」といった二者択一的な,対立的な考え方ではなく,「遺伝と環境」のうちのいずれがより重要な役割を演じているかといった量的な見方,さらには遺伝と環境のうちいずれが主役,いずれが脇役を演じているかといった質的な考え方をすることが必要である。例えばフェニールケトン尿症のような遺伝性疾患を例にとると,本症は常染色体性劣性の遺伝子という主役があり,これに脇役のフェニールアラニンが加わることにより始めて発病するものである。その際,フェニールアラニンの摂取をコントロールすることによって発症を予防することができ,あるいは症状を軽くし,経過を改善することが出来るのである。このような,遺伝性疾患の成り立ちの充分な理解が遺伝研究の発展に必要である。
次に精神疾患の研究だけでなく,精神医学の教育ことに卒後教育についてもまた,同じ様に幅広い,偏らない立場から教えることが望ましい。いま全国いずれの大学の精神医学教室においてもそれぞれの大学独自のシステムに従った卒後教育が熱心に行われており,研修期間中に必要な教育が受けられるようになっている。しかしながら幅広い神経・精神疾患をくまなく網羅した卒後教育,ことにいろいろな立場からの見方,考え方を充分に伝えることはなかなか困難なことである。また現在各大学の精神医学教室においてはそれぞれ特色ある独自の研究が行われており,当然教室によっては興味の対象,取り上げられる話題にも偏りがあると思われる。さらに研修医はその教室で主流をなしている考え方の影響を受け易く,それ以外の立場からの見方や考え方を身につけることはむつかしい。この様な問題点を少しでも是正する方法の一つとして,近畿(大阪,兵庫,奈良,和歌山)にある九つの大学の主任教授が話しあった結果,各自がそれぞれの専門領域について講義するといった合同の卒後研修講座が行われることとなり,第1回の合同卒後研修講座の世話役を私と東教授(和歌山県立医大)がお引受けし,大阪医科大学の臨床講堂において昨年8月9,10日(土,日)に次のようなプログラムで行った。
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