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このところ,医師数急増問題がにわかに議論されている。昭和58年で推定医師数は181,000人,人口10万当たり152人となり,昭和45年医学部新設を解禁した時の人口10万当り150人程度の医師数確保の目標をすでに達成したことになる。今後,現状のまま推移すれば,人口10万対で医師数は昭和75年には210人,昭和100年にはおよそ300人となり,その後も増加するとみこまれている。これは,今後の医療需要の伸びを考慮しても多すぎるということで,いろんな段階で議論がされている。ところで,人口10万対で適正な医師数を決めることははなはだ困難なことである。ベルギー,西ドイツ,オランダのごときはすでに人口10万当り200人の大台を突破しているし,医療費の高騰がたえず問題にされるアメリカでも現在190人で,1990年には240人になると想定されるが,どの国も過剰とは断定しきれず,医師数のコントロールの方法を見いだしかねているといわれる。外国人医師の流入をきびしく抑制することをとっている国があるくらいである。それは,今後予想される医療需要,考えられるべき医療供給,更には,医療組織や技術についての予測が不可能なことによる。現在の時点でも,わが国では医療需要と供給バランスの専門格差と地域格差は目を掩うばかりである。精神科領域についてみても,東京地区では,保険外の自費診療での精神分析診療所を開設しようとする若い精神科医が続出しているというのに,地方の精神病院の医師,ことに訓練を受けた精神科医の少なさは悲惨なほどである。地方といってもそれほど過疎地とはいえない中都市でもそうである。
少なくともどの程度の精神科医数が必要なのであろうか。この種のことを政策的に予測しているものは,英国である。1978年英国保健社会保障省が発表した“Medical Manpower―The nexttwenty years”では,各診療科を,“地域医療”分野,“各科診療”専門分野,“Support”専門分野(麻酔科,放射線科,病理科),“Client”専門分野(精神科および老人病科)に4分類しているが,英国でも医師数は急増しているが,それでもなお,後者2専門分野は不足すると予測して,精神科医についていえば,コンサルタント医を290人増加させるべきであるとしている。そして,病院勤務医の7%近くが精神科医であるという。米国のGraduate Medical Education National Advisory Committee(卒後教育全国諮問委員会)略称GMENAC報告(1980)では,1990年に,米国では精神科医が38,500人,児童精神科医9,000人それぞれ必要なのに,実際には30,500人,4,100人が予想されるので,予想よりも20%レジデントを増加させる必要があると勧告している。この必要な精神科医数は,全医師53万6千人の9%近くになる。こうした予測は精神医療に対する需要の増加に基づくものであることは申すまでもない。ハーバード大学総長の1982〜83年報告によると,プライマリ・ケア施設を訪れた患者の1/3〜1/2は情緒障害あるいは認知障害であったとして,これに対応する医療を確保するために医学校におけるカリキュラムの大改正の必要性のあることを指摘している。精神科医だけでカバーしきれないというのである。この種の報告は,フランスにある赤十字アンリ=デュナン研究所とSandoz社の共同研究でもなされている(P. Sclby,若松栄一監訳:医療の未来像)。欧米諸国の人口の半数は援助を必要とする精神不健康で,将来の医療は“がん”,“心臓血管疾患”とともに“精神障害”が重要になるとしているのである。
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