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聴覚失認(auditory agnosia,akustische Agnosie)とは,それぞれの音響現象を本来のひびきないし音色(Klange)として認知できない状態1),または聴覚路を通じての対象の認知障害2,3)と定義される。大脳病巣症状であり,感覚障害としての難聴や,精神障害,意識障害,注意障害などとは区別される。ただし,聴力検査法の確立される以前の症例においては(特に幼小児においては),聴覚失認とその他の原因による聴覚障害とを鑑別することは容易でなかったと推測される。ちなみに,WernickeとFriedlaenderは1883年に両側側頭葉損傷によって生じた聴覚障害の1例を報告しているが,当時は定量的な聴力検査法がなく,彼らの症例における聴覚障害が末梢聴器の欠陥によるものではないことを証明するために,患者の死後,末梢聴器の組織学的検索を行っている。しかし組織学的に異常はなくても,それをもって直ちに機能的に異常なしとすることはできない。近年に到り,電気音響学的に聴力を測定する装置(オージオメータ)が開発されてようやく聴力が正確に測定できるようになったが,しかし著者が1964年に聴覚失認の1例4)を報告した当時は,当時許されるあらゆる聴力検査法を駆使しても,なおかつ末梢性感音難聴を明確にausschriessenできなかったことを今更のように思い出す。その後平野5)が「所謂」皮質聾の1例において,この症例の聾が末梢聴器の障害によるものではないことを蝸電図によって証明しているが,最近聴性脳幹反応が発見され以来,これを用いた聴力検査法が聴覚失認ないし大脳半球損傷に基づく聴覚障害の診断に大きく貢献できるようになった。事実これに呼応するかのように,最近は聴覚失認の報告例が増加しつつある。
ところで,聴覚失認は失認の内容に応じて,言葉の弁別・認知が選択的に障害された純粋語聾,音楽の認知障害である感覚性失音楽症,および言葉,音楽も含めてあらゆる音響現像が識別・認知できない精神聾とに区別される2)。しかしながら,近年Spreenら6)が非言語性有意音の認知が独立して障害されている1例を報告して以来,聴覚失認を狭義に解してこの用語をSpreenのいうauditory sound agnosiaに限定しようとする主張もある。しかし本特集では,病巣症状としての聴覚機能の障害を包括的にとらえるために,聴覚失認を狭義のそれに限定せず,周辺領域のcorticaldeafnessや聴空間認知の障害も含めて古典的概念に従ってとらえることにした。
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