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I.はじめに
今日リチウムは躁うつ病をはじめとする感情障害に広く用いられ21),さらに白血球減少症や甲状腺疾患の一部に対してもリチウムの治療効果が認められている12)。その臨床効果は血中濃度に関係が深く,一定の濃度に達しないと治療効果が期待し難いことと,過量投与時には重大な副作用の発現するおそれがあり,安全で有効な治療濃度範囲がかなり狭いところから,頻回の血中濃度モニタリングが必要とされている2,22)。このためリチウムはわが国で健康保険における薬物血中濃度測定のはじめての適用対象とされるに至っている。
血中リチウム濃度の測定にあたっては,いくつかの基木的な薬物速度論的知識が必要である。リチウムの吸収,分布,排泄などの体内動態には個人差があり1),日中と夜間とでは腎血流量の変化に伴いリチウムの半減期も変化すること2)なども知られている。
わが国ではリチウムは炭酸塩製剤のみが市販されており,経口投与時の吸収は良好で,下痢などの特別の条件のない場合には,bioavailabilityはほぼ100%に近いと考えられている5,19,34)。リチウムはイオンとして体内に存在し,代謝されることがないため,その体内動態に影響を与える要因は主として腎からの排泄および体内分布である1,3)。このため腎障害のある患者,とくに高齢者に用いる場合には慎重な配慮が必要であり33,36),また体重の変化,大量の発汗を伴う熱性疾患や重労働などに際しても体内分布容積の変化やNa+の喪失を伴うので投与には十分の注意が必要である23)。
リチウムのヒトにおける薬物速度論的知見は従来主として1回経口投与後のデータに基づいて得られている7,15,18)。長期にわたる臨床的使用にあたってのデータは少なく,ことに日本人についての検討は十分行なわれているとは言い難い。長期連用時においても血中リチウム濃度は,服薬後の変動がかなり大きいため24),血中濃度の測定にあたっては,規則正しく服薬していて定常状態(steady state)に達していることの確認(compliance)がまず必要であり,さらに最終服薬後の経過時間を考慮に入れることが重要である。Amdisenは,最終服薬後12時間を標準血清リチウム濃度(12hrst SLi)として用いている1)。
リチウムは血中のみならず色々な体液中に分布している。血漿中リチウム濃度を基準とすると,全血中0.825),赤血球中0.456,13,14),乳汁中0.3531),脳脊髄液中0.504,17,37),唾液中2〜311,16,20,26)などという値が報告されている。
この中唾液中濃度のみが血漿産濃度より高値であることが特徴的で,これは唾液腺におけるLi+のactive transportのためと考えられる。唾液中リチウム濃度と血漿中リチウム濃度の比(S/P ratio)は従来外国の文献では必ずしも一定せず,安定した値を得るためにいくつかの修正方法が工夫されている28)が必ずしも良い結果は得られていない。
もし唾液を用いて血漿中リチウム濃度が正確に推測出来るのであれば,注射器を用いる必要もなく,家庭でも採取出来,試料の量も血液の半分以下ですむなど臨床上の有用性は大きいので,この点をさらに検討する必要があろう。
我々は過去10年間にわたり感精障害を有する多数の患者に炭酸リチウムを投与し,治療効果および病相の発現予防効果を検討し,良好な結果を得ている。従来わが国における長期リチウム投与時の薬物速度論的側面,とくに唾液中リチウム濃度の動態についての研究報告は少ないので8,9,32),臨床場面において基本となるいくつかの問題をとりあげ検討してみたい。
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