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5.痴呆とその脳局在性―神経病理学の立場から
器質性精神障害,ことに慢性経過例では病変が脳にある程度以上びまん性に存在することは既に基本的な認識である。最初は治癒可能なものまでを含んでいた痴呆概念が次第に治癒不能な固定化した状態のみを対象とする疾病群ないし状態像としての概念へと変化し,今世紀に入ってからは,"後天性,治癒不能ないし持続的であることを特徴とする"状態を指すものとして一般的に用いられるようになった経過については,最近浜中101)が詳しく述べている。しかしながら臨床の実際で痴呆という言葉を用いる際には必ずしもそれ程単純に割り切れるものではなく,したがって痴呆の定義にはくい違いがあって一様ではない。理論的な問題を一応さておいて,私どもが現実に最も困惑するのは,一つは痴呆の非可逆性の問題であり,他は意識障害との区別である。これらの問題は例えば原田102,103)によって度々論ぜられ,浜中104,105),長谷川ら106)も最近この点について述べている。実際,現在神経学の領域では,treatabledementia107)という言葉はしばしば用いられるし,pseudodementia108〜111)という表現は,例えばうつ病の精神運動抑制や,意識障害に対しても使われている。この場合,原田102)のいう"軽い意識障害"の際の注意力の減弱など一般に従来の精神医学でその鑑別を重要視していた軽度の意識障害は比較的簡単に痴呆と表現されてしまうことの方がむしろ多いように思われる。ここにも新しい自分流の考え方を率直に用いる神経学と,古い歴史をふまえて言葉を厳密に用いて行こうとする精神医学との間の相違を感じさせられる。精神医学が用いてきた昏迷という概念が,神経学や脳外科学の論文ではむしろ一種の意識障害として規定され,そのように講義されている現実を考えると,痴呆及び意識障害という概念に関しても多くの問題が存在している。
この小論は,この問題を解決するのが目的ではないので深くは立ち入らないが,一応出発点として,①痴呆概念の中には可逆的な病像も含める,殊に慢性可逆性病変,持続的ではあるが可逆可能性を持つ病変はこれを痴呆概念に含める―したがってtreatable dementiaという概念を承認する―,②脳病巣のびまん性という点には必ずしもこだわらず,局在性であっても病像が人格全体の重い障害と認められ,また発動性の障害が明瞭なものは痴呆概念に含める,という大まかな前提にたって論旨をすすめる。その理由は一般に広く痴呆という表現を用いても,脳障害の局在によってその症状が異なり,したがって臨床像から脳病変の局在性をある程度まで診断しうるか否かを,神経病理学的に病巣の確認された症例に基づいて検討する試みが多くなってきたからである。
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