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I.はじめに
昭和53年11月13日から12月12日にかけて,筆者は,台北,バンコク,ジャカルタ(以上,7日ずつ),クアラルンプール,シンガポール(4日ずつ)を歴訪し,それぞれの地の大学,病院,研究所を訪ね,とくに病者との面接に参加することに努めた。その結果は,本誌に発表したとおりである1)。
さて今回は,昭和54年11月1日に東京を立ち,11月2日から11日にかけてパプア・ニューギニア(ポート・モレスビーおよびゴロカ),11日から22日にかけてタイ国(バンコク),22日から12月1日にかけて台湾(高雄および台北)を訪ねた。このように3カ国に調査の対象をしぼったのは,パプア・ニューギニアに関しては,わたくしが昭和39年8月から11月にかけて約100日間彼地のフィールド・ワークを行ない,わたくし自身のトランス文化精神医学の目をはじめて開いたこと(その内容については,すでに報告ずみである2,3)),および「Stone Age Crisis」(1975)4)の著者であり,彼地の唯一人の精神医学者であるB. G. Burton-Bradley博士との交際が続いていること(同博士は3年前に来日し,わたくしの所属する研究所でも講演された)により,わたくし自身の眼で以て,15年間の彼地の文化精神医学状況ないし文化摩擦状況一般をつぶさに比較したかったからである(なおさきの「Stone Age Crisis」は,今回の訪問の出発直前に拙訳・出版されることになり5),バートン・ブラドレー博士へのおみやげになった)。またタイ国と台湾についていうと,それぞれの地に親友といえる精神科医がいて,トランス文化精神医学の立場からの優れた研究を続行していること,彼らが多くの興味ある資料をもち,またわたくしが比較的容易に彼らの症例面接に参加しうることによる。
さてわたくしは前回の予備調査をふまえて,今回はつぎの主題をひきつづき追求することにした。
(1)精神分裂病(以下,分裂病),急性錯乱(フランス学派のいうbouffee delirante),いわゆる非定型精神病などの病者の事例研究,とりわけ発病状況についてのトランス文化精神医学の立場からの分析。
(2)「伝統的民間療法と近代医学的療法との調和ないし葛藤」という問題を,ひろく「伝統文化と現代テクノロジー文明との摩擦」という見地からみてゆく。ここでシャーマン性精神病(たとえば憑依性精神病)の発生状況の分析は,文化精神医学ないし民族精神医学の見地からも,きわめて興味深いはずである。
(3)以上の2つの主題を事例研究によって明らかにするさい,「状況における具体的人間」を非言語的に「了解」していく手段としてきわめて有効と考えられるHouse-Tree-Person Technique6)(Buck, J. N.),(以下,H-T-P法)を用いる。
さいわい1カ月という短期間での3カ国の調査としては,予想外の収穫があったように思う。以下,3回に分けて,それぞれの国での経験を,できるだけ事例に即して報告する。
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