Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
I.はじめに
アニミズムや太古思考は,現代社会に生きているわれわれの意識を支配する基層文化の中に残っていて迷信や俗信,祖霊信仰などに現われるが,この原始心性が特に顕著に現われるのは,島崎1)が指摘しているように分裂病などの精神病の場合であろう。なかでも憑依状態は,病理現象そのものの中に古代の心性をかいまみることができるという点で興味ある現象と言えよう。しかしながら,憑依状態に関する従来の研究は,精神病理学的ならびに社会文化精神医学的立場に立つものが多く,民俗学的観点を取り入れた研究に乏しかった。最近,佐藤ら2)は蛙憑きの2例について報告し,病態に現われる蛙と,民俗学的に言われている蛙には,その意味合いに類似性がみられ,病者の心性は,時に民俗学的事象を通して理解が深められることを指摘し,また,高江州ら3,4)は動物憑依を民俗心理および民間伝承との関係でとらえていこうとする見解を述べている。憑依状態に関するこのような研究は,民俗学と精神医学の学際的研究として小田ら5)が提唱している民俗精神医学Folkloristic Psychiatryの一分野に属するものであって,病者の心性ひいては古代の心性を理解していくうえで,今後さらに深められていくべき主題と言えよう。
われわれは,猫になった,猫がのりうつったという猫憑きGaleanthropyと呼ぶべき状態に引き続いて,亡き祖母の霊がのりうつったという症例を経験したが,その憑依現象の中に,困難な現実からの逃避や窮境からの脱出の願望6,7)などの心的機制を認めるとともに,崇りや怨霊,祖霊,動物霊などに関して,古代の心性が析出していると思われる心意現象がみられたので,民俗学的ならびに社会文化精神医学的観点から検討を加えてみたいと思う。
Copyright © 1979, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.